大好きな賢治さんの世界


作品の魅力を紹介 
最高の教師だった賢治さん

農民芸術概論綱要ー序論ー 通夜の父の話
賢治の性について 賢治の人柄に影響を与えた人たち
生徒の思い出話
素敵な絵本たち

誰もが名前を知っているだろう、宮沢賢治。
         その宇宙の世界の中で私はいまも旅を続けている。


賢治さんと共通の人生観がある私はこれらの作品を深く理解している、と自負しています。
子供の頃私はSFに夢中でした。アマゾンを探検していて穴に落ちたらそこは恐竜の時代だった・・とか、
ヨーロッパの片田舎に住んでる魔女の話とか、宇宙人が出てくるような、そんなのばっかり読んでいました。
つまり読書好きのちょっとクラスでは頭の良い子たちが読むような推薦図書を全く読まなかったのです。
そんな時代を過ごすと、十代はテニスに明け暮れた青春の日々で仕方なく教科書をめくる学生でした。
二十代に入り、いろんな人からも教えられ素晴らしい本たちに出会ってからはもう本という本が大好きになりました。
実はそんな活字中毒の血は母から受け継いだものとも言えます。
今でも母は読書を止めることを知りません。
そして今の私がこうあるのもいろんな本なくしてはあり得ないと思うのです。
出会った人の影響もいっぱい貰いましたが、本もとても重要な位置をしめていたと思います。
本の知識や知恵からどれだけ自分が思考を進化させ創造して価値を人格に反映していくこと、
それが本からもらう最高の宝ではないでしょうか。少なくとも私はそう思います。
話はそれましたが、賢治さんのほんとうの魅力を知ったり、感じたりできたのはなんと四十代でした。
プレマのお客様で「文学」が趣味という方がいらして私が興味を持つと上手な語り口調で話してくれます。
それがまた本当に感情が込もっていてマッサージしながら私は涙が出てきてしまうくらいなのです。
そんな風な日々が続きますとやはり文学というものにグングン引き寄せられてしまいます。
童話の素晴らしさを知らずに子育ても終わってしまった私は今、本当に残念でなりません。
賢治さんの話は道徳心や信仰心、慈しむ愛、すべての命への思いやりに溢れています。
だから子供たちはもちろん、大人に触れてほしい、良さをもっと知ってほしい、と思うのです。


自己中心的な大人が今とても増えていて当然、子供はそれを真似ます。
大人がまず自分を正し、自分以外の人や物(自然)を愛し、いたわる心を取り戻さなければなりません。
自己啓発や人間関係の本が山ほど出ていますが私はよい童話を読んだほうがいいと思うのです。
易しくて単純で、でも人間のいちばん大切なものがてんこ盛りで、本嫌いな人にもとっつきやすいのが童話です。
賢治さんの作品についてはわかりやすい物を選ぶ必要がありますが他にもたくさんありますから。

さて、賢治さんが書いた「注文の多い料理店」の有名な序文を紹介しましょう。
私はこの序文にいつだったかいっぺんに心惹かれてしまったものです。

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、
 桃色のうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、
 宝石いりのきものにかわっているのをたびたび見ました。
 わたしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、
 ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
 ほんとうにもう、どうしてもこんなことがありようでしかたないということを、わたくしはそのとおりに書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、
 わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、
 そんなところはわたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、
 おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。」

                       大正十二年十二月二十日   宮沢賢治
作品の魅力を紹介

食べる悲しみ、食べられる悲しみ

他者の命を奪わなければ生きられぬ宿命ということを考えさせられる作品があります。


「フランドン農学校の豚」
農学校で飼育されているブタが校長から死亡承諾書に爪印を押すように迫られていた。
何だか怖くて嫌だ、嫌だ、と悩んでいるうちに神経を病んで痩せてきた。学校はこれはいかん、と
無理に餌を流し込み太らせた。苦しむブタは追いつめられついに爪印を押してしまう・・。

「全体どこへ行くのやら、向こうに一本の杉がある。ちらっと頭をあげたとき、俄に豚はピカッという、
 はげしい白光のようなものが花火のように目の前でちらばるのを見た。
 そいつから億百千の赤い火が水のように横に流れ出した。天上の方ではキーンという鋭い音が鳴っている。
 横の方ではごうごう水が湧いている。さあそれからあとのことならば、もう私は知らないのだ。
 とにかく豚のすぐよこにあの畜産の、教師が大きな鉄槌を持ち、息をはあはあ吐きながら、少し青ざめて立っている。
 又豚はその足もとで、たしかにクンクンと二つだけ、鼻を鳴らしてじっと動かなくなっていた。」

豚の口に管を通し、無理やり太らせるところは現代の畜産業界をまるで見ていたかのようだ。
神経をすり減らし苦悩する豚の様子は読んでいて胸が苦しくなってくる。
豚や牛は食べられるために生まれてきたわけではない。
人間と同じように感情を持ち、痛みの感覚を持ち合わせているのです。
人の気持ちをわかろうとするのも大事ですが、豚の気持ちも私はわかろうとしたい。


「よだかの星」
よだかはみにくい鳥でした。仲間はずれにされ、星になりたいと願っても星たちからもばかにされますが、
ついに最後の力をふりしぼって星になるのでした・・。
自分の生を嘆き悲しむくだりはまさに食べる悲しみ、食べられる悲しみを現しています。

「また一匹の甲虫がよだかののどに入りました。そしてまるでよだかの喉をひっかいてばたばたしました。
 よだかはそれを無理にのみこんでしまいましたが、そのとき急に胸がどきっとして、よだかは大声を上げて泣き出しました。
 泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。」

「ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が毎晩僕に殺される。そしてただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。
 それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫を食べないで飢えて死のう。
 いや、その前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に遠くの遠くの空の向こうに行ってしまおう。」

よだかはもうすっかり力を落としてしまって、羽を閉じて、地に落ちて行きました。
そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、よだかは俄にのろしのように空へ飛び上がりました。
空のなかほどへ来て、よだかはまるで鷹が熊を襲うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。

このよだかの悲しみは私の心に伝わり、もうたまらなくなります。
これは比較的知られている童話です。

「ビジタリアン大祭」
菜食主義がいいか、わるいかの議論をする大きな祭りの模様を描いている。
ここに盛られた賢治さんの思想が二十世紀の人間文明に警鐘を鳴らし、
二十一世紀への示唆を含むものであることは確かである。と解説の最後にあった。

「人間の心もちがだんだん人間に近いものから遠いものに行われております。
 人間の苦しいことは感覚のあるものはやっぱりみんな苦しい人間の悲しいことは、強い弱いの区別はあっても
 やっぱりどの動物も悲しいのです。飼い主が少年の病死の時その墓を離れず食物もとらず
 とうとう餓死した有名な例、鹿や猿の子が殺されたときそれを慕って親もわざと殺されることなど誰でも知っています。
 馬が何年もその主人を覚えていて偶に会ったとき涙を流したりするのです。
 私は実に反対者たちは動物が人間と少しばかり形が違っているのに眼を欺かれて
 その本心から起こってくる哀憐の感情をなくしているとご忠告申し上げたいのであります。
 誰だって自分の都合のいいように物事を考えたいものでありますがどこまでもそれで通るものではありません。
 動物は全く可哀そうなもんです。人もほんとうに哀れなもんです。」

慢心・嫉妬・虚栄とテーマにした作品

「みじかい木ペン」
キッコは小さくて弱いために子供たちの「胆取りと巡査」という遊びに加わることができず、
”ニカニカ笑いながら”8の字を書く一人遊びをしている。
慶助はキッコから木ペンを取り上げキッコなりの楽しみを奪って木ペンにつながる想い出を踏みにじった。
キッコにはそれを取り返す力さえない。そんなキッコを哀れんで見知らぬおじいさんが「枝切れみたいな変な鉛筆」をくれるが
それはキッコの欲しいあの木ペンではなかった。
ところが、その鉛筆が勝手に算術を解いたとき、キッコははじめのうちは驚くがやがて迷いもなくその力を利用するようになる。
キッコ自身に変化はなくともその鉛筆が慶助に復讐し、そればかりかキッコはついに級長にまでなってしまう。
そして権威とともに権力を手に入れ、子供たちを支配するようになる。
算術を解く能力は鉛筆にあって、キッコのうちにはなく、
子供たちを支配する力は級長という立場にあってキッコのうちにはない。
木ペンを奪われたキッコは幸運の鉛筆を手にしたように見えるが実は一人遊びを楽しむようなキッコらしい幸福感を失い、
さらにかつて自分を不幸にした慶助と同じような人の楽しみを踏みにじる人間へと変わってしまった。
キッコの無邪気さは鉛筆の力によってただの無知ゆえの愚かさとなってしまったのだ。

「土神と狐」
一本木の野原の北のはずれにたってる一本のきれいな女の樺の木に
熱い恋をした土神と狐の激しい思慕や嫉妬や苦悩を描いた作品。

いちばん強烈なのは嫉妬に狂った土神がライバルの狐を殺してしまうラストシーンです。
理性ではおさえ切れない激情の恐ろしさに息をのんでしまいます。
狐も哀れですが加害者の土神もたまらなく哀れです。
賢治さんの作品にはこのような人間の生まれながらに持った醜い性質を浮き彫りにしたものが多くあります。
ほんの少しの嫉妬心やうらやむ気持ちが生まれたとき、そしてそれに気がついたとき
自分の心の中に一瞬で生まれたその感情が嫌でたまらなかったのではないかと私は思いました。
そんな自分へのいましめもあったのではないでしょうか。


「まなずるとダァリヤ」
「花の女王」になりたいと思う赤いダァリヤが高慢と虚栄から狂乱していく姿が描かれている。
賢治さんは見かけだけの美しさにとらわれる主人公ダァリヤに対し、
変な三角の帽子をかぶった人に折られて連れていかれるという結末を与えました。
向こうの沼のほうにつつましく咲く白いダァリヤとの対比がとても鮮やか。

「貝の火」
いかにもやんちゃな子兎ホモイがいのちがけの救助行為のご褒美に貰ったものは、
これを生涯持ち続けたのは三人の英雄のみという大変な宝物だった。
ついつい「慢」に陥ったホモイが悪いキツネにそそのかされて、ついには罰としての失明にいたる物語。
すごいリアリティだが最後に毅然とした父親の言葉が物語りに救いをもたらしている。
「泣くな、こんなことはどこにもあるのだ。それをよくわかったお前は、一番さいわいなのだ。
 目はきっと又よくなる。お父さんがよくしてやるから。な、泣くな。」

どの作品にもこのような、まるで賢治さんが言っているのだなと思うセリフが必ず出てきます。
そこにこそ賢治さんの思想、人生観が凝縮されているのです。
それが私はとても共感でき、大好きで大好きでたまらない、ということです。


たぶん賢治さんに興味がないと知らないだろう私の好きな作品を紹介します。

「気のいい火山弾」
一個の石が主人公です。その石は”ベゴ”というあだ名の火山弾。ベゴとは岩手県の方言で牛のことです。
このベゴは形が変だということで周囲の石や木や蚊からもバカにされるのですがベゴ石は性質が良くて
一度も怒ったこともなく、いつもニコニコ笑っているのです。デクノボー精神がそこにあります。
やがてベゴ石はその地を訪れた地質学者にまさに典型的な標本だと評価され東京に送られることになります。
ベゴ石にとってはいわば大出世、栄光の舞台への道であるはずなのですが、その暗い標本室の戸棚を想像してか、
そのまま野原にいたかったにちがいないベゴ石はこう、別れの言葉を述べます。

「私の行くところはここのように明るい楽しいところではありません。
 けれども私共はみんな、自分のできることをしなければなりません。さよなら、みなさん。」

この言葉はいかにも賢治さんらしいものです。こんな言葉が浮かんできました。
「したいことを好きになるのではなく、しなければならないことを好きになりなさい」
人には本分というものがあります。
自分の生まれた役割、どう生きるか、ということを考えるようにと賢治さんが言っているようです。

「いちょうの実」
これは冬を迎えて千人の黄金色の子供(銀杏の実)と別れるお母さん(銀杏の木)の話です。
子供達はお母さんと別れるのは悲しく、北風に吹かれて旅立つ先がちょっぴり不安に感じますが、
それでもみんな新しい冒険に目を輝かせています。

・・・突然光の束が黄金の矢のように一度に飛んできました。
子供らはまるで飛び上がるくらい輝きました。
北から氷のように冷たい透きとおった風がゴーッと吹いてきました。
「さよなら、おっかさん」「さよなら、おっかさん」
子供らはみんな一度に雨のように枝から飛び下りました。

それはそれは美しくかわいらしいお話です!
長い棒でつついて銀杏を落として取ろうとしている人を見ることがあります。
そんなときちょっぴり私はこの話を思い出して寂しくなります。
これも親と子だよなーとしみじみ眺めたりしてしまいます。
考える脳みそはなくても、確かに親子だ。
さすが私の愛する賢治さんはいろんなものに情愛を感じとるんだなと思いました。
木や花、多くの植物や風、星、石など全部が意識を持っていると信じてたようです。
そういう風なので私もおんなじで外に一歩出ただけで楽しく気持ちのいいことばかりなのです。

「グスコーブドリの伝記」
グスコーブドリは人間です。飢饉のため、父母と別れ妹のネリも人さらいに連れていかれてしまいます。
ブドリはさまざまな苦労を経て、クーボー大博士に学び、イーハトーブ火山局に技師として勤めることになりました。
冷害は依然として続き、ブドリはカルボナード火山島を爆発させ、大気中の炭酸ガスの量を増やして、冷害を防ごうとします。
けれどもそのためには誰かが犠牲にならなくてはなりません。ブドリはその役を買って出て、冷害の危機を救おうとしたのです。

「それはいけない。君はまだ若いし、今の君の仕事に代われる者はそうはいない」
「私のようなものは、これからたくさんできます。
 私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、
                 仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」

かつての冷害は無惨で過酷でこういう災難が五年も六年も連続して起きたなら、
どんなに工夫しても人も動物も草木も死に絶えます。そういう悲惨さを物語りとして追及し、
子供のための文学として残し、次世代にも訴えたかったようです。
これは亡くなる1,2年以内に書かれたもので精神的自叙伝と言われている。

「狼森と笊森、盗森」
おいのもり、ざるもり、ぬすともり、と読みます。
自然と人間、植物と人間の交流、助け合いの物語です。
ある広告ちらしで賢治さんはこの作品について自らこのように宣伝しています。
「人と森との原始的な交渉で、自然が農民に与えた永い間の印象です。
 森が子供らや農具をかくすたびにみんなは「探しにいくぞお」と叫び森は「来お」と答えました。

このタイトルの三つの山とさらに話に出てくる黒坂森は小岩井農場の北に実在している。
賢治さんならずとも「この辺歩いてもいいかあ」と森に許可を求めたいような気持ちになる雰囲気だそうです。
私も行ったらもう絶対に「入っていいかあ?」と聞こうと思っています。
賢治さんの世界では森も石も風もみんな人間とひとつ、同じ命なのです。

「カイロ団長」
殿様蛙のずるい計略にかかって、舶来ウィスキーをたくさん飲んでしまった雨蛙たちは、
殿様蛙の家来になって重労働をしなければならなくなりました。
が、「王様の命令」によって危うく救われます。いっぽう殿様蛙も雨蛙の仕返しに合って
苦しんでいるところを「王様の命令」によって救われ深く反省します。
最後はみんな仲直りして明るく元気に自分の仕事に励むようになるというお話で
賢治さんがいちばん強調したかったのは
「すべてあらゆるいきものはみんな気のいい、かあいそうなものである。
           けっして憎んではならん」
という言葉につくされているでしょう。

動物と人間、自然との一体化をテーマにした物語。

「なめとこ山の熊」
小十郎は熊狩りを生業としていた。他に生計をたてるすべなどなかったのだ。

熊の言葉さえわかるほどで、熊も小十郎が好きだった。
ある日現れた熊を仕留めようとすると熊が言った。
「二年待ってくれ。二年経ったら必ず死んでこの体をやるから」と。
約束どおり二年後、あの時の熊は家の前で息絶えて横たわっていた。

そしてあるとき、ほかの熊がうっかり小十郎を殺してしまう。
「おお小十郎、おまえを殺すつもりはなかった」(熊)
もうおれは死んだと思った。
そしてちらちらと青い星のような光がそこらいちめんに見えた。

「これが死んだしるしだ。死ぬとき見る火だ。熊ども許せよ。」と小十郎は思った。
それからあとの小十郎の心持ちはもう私にはわからない。


狐けん・・とは狐は猟師に負け、良師は旦那に負けると決まっている。
ここでは熊は小十郎にやられ、小十郎が旦那にやられる。
旦那は町のみんなの中にいるからなかなか熊に食われない。

「けれどもこんなずるいやつらは世界がだんだん進歩するとひとりでに消えてなくなっていく。
 僕はしばらくの間でもあんな立派な小十郎が二度とつらも見たくないような嫌なやつに
 うまくやられることを書いたのが実にしゃくにさわってたまらない」

賢治さんの童話の特徴として上のような作者の実際の感情が文中に入っていることがよくあります。
そこがとても賢治さんらしいところで物語とはいえ、そのものの気持ちにとことんなってしまうのです。

「 鹿踊りのはじまり」

嘉十が忘れたトチの団子とてぬぐいに興味津々の鹿たちと嘉十のとってもゆかいな話。
ゆかいな童話として私のいちばん好きな作品です。

鹿たちのてぬぐいにたいする興味や嘉十のわくわくする心持ちがもう目に浮かんできます。
鹿の体の動きや表情がおかしくてかわいくてほんとうにたまりません。
今思い出してもゆかいな気分がすぐ甦り、鹿の顔がなんともいえません。
ぜひ、読んで欲しい、傑作です!くだりの一部を紹介しましょう。

「鹿は大きな環をつくって、ぐるくるぐるくる廻っていましたが、よく見るとどの鹿も環のまん中のほうに
 気がとられているようでした。その証拠には、頭も耳も眼もみんなそっちへ向いて、おまけにたびたび、
 いかにも引っぱられるようによろよろと二足三足、環からはなれてそっちへ寄っていきそうにするのでした。
 もちろんその環のまん中にはトチの団子が一欠け置いてあったのでしたが鹿どものしきりに気にかけているのは
 決して団子ではなくて、そのとなりの草の上にくの字になって落ちている、白いてぬぐいらしいのでした。

 鹿のめぐりはだんだんゆるやかになり、みんなは交わる交わる、前肢を一本環の方へ出して、
 今にもかけだして行きそうにしては、びっくりしたようにまた引っ込めて、とっとっとっとしずかに走るのでした。
 嘉十はにわかに耳がきいんと鳴りました。そしてがたがたふるえました。
 鹿どもの風にゆれる草穂のような気持ちが波になって伝わってきたのでした。
 嘉十はほんとうにじぶんの耳を疑いました。それは鹿の言葉が聞こえてきたからです・・。」
 

因果・転生・信仰・道徳感などがテーマとなっている作品

「烏の北斗七星」
数ある賢治童話の中でも戦争を正面から取り上げた点で際だっている作品。
手記「わだつみの声」にはやがて特攻死する佐々木八郎氏による
「愛と戦と死」に烏の北斗七星に寄せた文がこうある。

戦いを控えた烏の大尉の祈り
「あしたの戦でわたしが勝つことがいいのか、それはわたくしにはわかりません。
 ただあなたのお考えのとおりです。わたくしはわたくしにきまったように力いっぱいたたかひます、
 みんな、みんなあなたのお考えのとおりです」

敵である山烏を葬りながらの結末近くのせりふ
「どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように。
 そのためならばわたくしのからだなどは何べん引き裂かれてもかまひません」
・・・そして、「人間としてこれらの問題にあたるときこれ以上に人間らしい、美しい、崇高な方法があるだろうか」・・と述べる。

「光の素足」

愛する者と死の国へ入り込んで一人だけ戻ってくるというこの物語は「銀河鉄道の夜」の先駆をなし、
かつトシを失った体験を素材とする詩篇群と通ずるものがある。


父の炭焼き小屋へと遊びに来ていた一郎と楢夫の兄弟は炭おろしの人と家へ帰る。
二人は峠を越える途中で突然の吹雪に巻き込まれ道に迷い遭難する。
気づくと二人は同じような子供たちとともに鬼に追われ苦しみながらうすあかりの国を歩いている。

鬼は「罪はこんどばかりではないぞ」と叫んでなお打ち続けました。
「にょらいじゅりょうぼん」という言葉とともに白い光る素足の人が現れみんなに言いました。
「こわいことはない。おまえたちの罪はこの世界を包む大きな徳の力に比べれば
 太陽の光とあざみの棘のさきの小さな露のようなもんだ。みんなひどく傷を受けている。
 それはおまえたちが自分で自分を傷つけたのだぞ!けれどもそれは何でもない」そして一郎に言いました
「お前はもう一度あのもとの世界に帰るのだ。お前は素直ないい子だ。
 よくあの棘の野原で弟を棄てなかった。あのときやぶれたお前の足は今はもう裸足で行くことができるぞ!
 今の心持ちを決して忘れるな。
 お前の国にはここからたくさんの人が行っている。よく探してほんとうの道を習え」

「茨海小学校」
茨海の野原に火山弾の標本と野生の浜茄子を見つけるためにきた「私」は昼食をとるために水を探して歩くうちに
狐の世界に入り込んでしまい草わなに足を取られて倒れ込む。
そこは狐の小学校であった。

草なわをかけた狐の生徒を先生が叱ります。
「お前は学校で禁じているのを覚えていながらそれをするというのはどういうわけだ」
「わかりません」
「わからないだろう。ほんとうはわからないもんだ。それはそれでまあ、よろしい」
「お前達はこの方がそのわなにつまずいてお倒れなさったときはやしたそうだが、
 また私もここで聞いていたがどうしてそんなことをしたのか」
「わかりません」
「わからないだろう。全くわからないもんだ。
 わかったらまさかお前たちはそんなことしないだろうな。
 もう決して学校で禁じてあることをしてはならんぞ」


「おきなぐさ」

おきなぐさはうずのしゅげとも呼ばれ蟻や山男など誰もが好きなやさしい花である。
私(主人公)は去年の春のことを想い出す。
ひばりのように空を飛んでみたいとひばりに言っていた二本のおきなぐさが
二ヶ月後には銀の房になって自分たちの仕事は終わった風に飛んでいったことだ。
私はおきなぐさの魂が天に昇り変光星に変わったのだと考える。
うずのしゅげの銀毛の房はぷるぷるふるえて今にも飛び立ちそうでした。
そしてひばりがひくく丘の上を飛んでやって来たのでした。
「今日は。いいお天気です。どうです、もう飛ぶばかりでしょう」
「ええ、もう僕たち遠いところへ行きますよ。
 どの風が僕たちを連れて行くかさっきから見ているんです」
「どうです、飛んでいくのはいやですか」
「なんともありません。僕たちの仕事はもう済んだのです」
「怖かありませんか」
「いいえ、飛んだってどこへ行ったって野原はお日さんのひかりで一杯ですよ。
 僕たちはばらばらになろうったってどこかのたまり水の上に落ちようったって
 お日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ」
「そうです、そうです。なんにもこわいことはありません」


「雁の童子」
ある日の明け方、須利耶圭と従弟は一緒に野原を歩いていました。そのとき空を雁が列を作って飛んでいきました。
鉄砲を持っていた従弟は目にも止まらぬ早業でたちまち6羽の雁を傷つけました。
雁たちは悶え、燃え、叫びながら人間の姿に変わっていきました。
その中の老人が言います。
「わたくしどもは天の看属です。罪があってただいままで雁の形を受けておりましたが、ただいま報いを果たしました。
わたくしどもは天に還ります。ただわたしの孫はまだ帰れません。
これはあなたと縁のある者でございます。どうぞあなたの子にしてお育てください。


「アラムハラドの見た着物」
学者アラムハラドは自分の塾で11人の子供を教えていた。
「・・・・・小鳥が鳴かないでいられず、魚が泳がないでいられないように
 人はどういうことがしないでいられないだろう。
 人が何としてもそうしないでいられないことは何ということだろう。考えてごらん」

小さなセララバアドは
「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います」

「うん、そうだ。人はまことを求める。真理を求める。
 ほんとうの道を求めるのだ。
 人が道を求めないでいられないことは丁度鳥の飛ばないでいられないと同じだ。
 おまえたちはよく覚えなければいけない。
 人は善を愛し、道を求めないでいられない。それが人の性質だ。
 お前たちは皆、これから人生という非常なけわしい道をあるかなければならない・・・
 そのどこを通るときも決して今の二つを忘れてはいけない。
 それはお前たちを守る。
 それはいつもお前たちを教える。
 決して忘れてはいけない」

法華経の教えを常に勉強し自己の探求に旺盛だった賢治さんらしい話です。
童話を通じて人には誰にも良心が備わっており皆、正しい道を求めて生きなければならない、
と、伝えたかったのでしょう。
うっかりでも小さな嘘をついてしまったり、人に強く言ってしまったりすると胸がチクッとします。
自分の行為を心の中で反省し、神様に今度は気をつけます、などと言ったことはありませんか?
私は心のなかにどんなことであれ曇った何かがあるのを好みません。耐えられません。
人の、そして自分の本分を守って考え、話し、行動する。
私も賢治さんとおんなじ考えなのでこういう童話を見つけるとほんとうに嬉しいのです。

「二十六夜」

ふくろうの子の穂吉が人間の子に捕らわれ足を折られて放り出される。
ふくろう達は、怒り仇を打とうと言うが、ふくろうの坊さんは
「みな、自らがもとなのじゃ」
「この世の罪も数知らずさきの世の罪も数かぎりない」と戒める。
これは捕らわれた穂吉のありようからふくろうたちが知ることを通し、
仏への祈りが救いの道となることを説いた物語である。
ふくろうたちは穂吉が捕らわれたことで自分たちも小禽の命を奪ってきた罪を思い合わせるが、
それ以上におとなしい穂吉にさえ、
この世での罪業が重なった因果の罪があることに気づかされ、
「離苦解脱の道」を仏に願うにいたるのである。

通夜に父が語った賢治への思い

賢治についてつねずね考えていたこと、自分の執ってきた行い、父としての賢治に対する態度について語った。

まず父は子の死を「若死」とか「夭折」とはうけとっていないと言った。
「たとえて言うならば・・」とその座敷の電灯を見上げて父は言った。
この電球に、いっぺんに強い電流を流すと電球はパッと白色光に輝いて目もくらむばかりに光るが、
それっきり芯が燃え尽きてしまい暗くなってしまう。賢治もこれと同じことで、短い時間にはげしく働いて燃え尽きたということで
三十八歳といっても、何もせずに凡々と暮らす人生の何十倍もの働きをしたのかもしれないと思う
・・というのであった。

また、賢治が天才であるということについては次のように語っている。
「あれは若いときから手のつけられないような自由奔放で、早熟なところがあり、
いつ、どんな風に天空へ飛び去ってしまうか、はかり知ることができないようなものでした。
私はこの天馬を地上(つち)につなぎとめておくために生まれてきたようなもので、
地面に打ち込んだ棒と綱との役目をしなければならないと思い、ひたすらそれを実行してきたのであります。


お前の書くものなどは全くチンプンカンプンでおれにはひとつもわからない。そんなものを世の中の人が読んでくれると思っているのか。
とか、多く売れてたくさんの人に読んでもらいたいなら、たくさん売れている本はどんな本か、もっと研究することだ。と言ったりもしました。
「あれが天才であることは、若いときからとっくり知っておりました。
 しかし私ら家の者まで、世間といっしょになって、天才などと言っては絶対いけないと思っていました。
お前がいましている農村相手のことなどは、裸のままでがつがつした岩へ、我とわが身をぶっつけていることと少しも違わないことだ。
自分がひどく傷ついて死ぬだけだと言い言いしました。
あれにとっては、三円も三十円も三千円も金というものはみな同じで、自分の持っているだけ人にやってしまう性質でした。


教師宮沢賢治の教え方
守るべきルールが三つあった。
1)先生の話を一生懸命聞いてくれ
2)教科書は開かなくていい
3)頭で覚えるのではなく、身体全体で覚えること。
  そのかわり大事なことは身体に染み込むまで何回でも教えるから
こんなことを言っていた。
「私の試験では、最重要なところさえ分かっていれば他はどうでも落第させませんから、がんばってください」
「平均点75点以上の人は勉強しなくていいよ。それ以下の人は75点になるようにがんばらなくてはだめですよ」
「頭で覚えず、いつも身体で覚えなさい。すると知識に感動出来るのですよ。詰め込みでは何も理解できない、ただ感動せよ」

また、「教科書の何ページと何ページのどこどこは重要だから覚えておくように」とよく言ったそうだが、
うかつな生徒がそこを丸暗記していると出された問題が全く出来ない。
なぜならそれは、地域に密着した見事な応用問題に変えられていたそうだ。
こんなことを生徒が話している。
「賢治先生は、いっぱい生徒たちがいる中で、一人としてないがしろにしませんでした。
 いつも、まなこ鋭く見抜かれているような気がしていました。一人一人個別に向けてというのではないが、
 それに真っ正面からというのでもないが、誰もが、見抜かれているという感じを持たされたものでした」

賢治が教師を辞めたあとのことを生徒はこんな風に言っている。
「賢治先生の去った後の学校は激しい花嵐でも去った後のように息苦しく淀んだ時間の
 流れしかない場所になってしまった。かつて「銀河鉄道の夜」や「永訣の朝」といった
 名作が「原体剣舞連」がろうろうと朗読され、豊かなイメージあふれる講義の声があふれ出していた教室からは
 ただ単調な教科書の解説をするぼそぼそ声がもれてくるだけだった。」

英語の授業

ヒアリングと話し方に重点を置き、教科書の読みや解釈には時間をかけない主義だった。
賢治先生は時間中は終止日本語を使いませんでした。

ユーモアを含んだゲーム
A,Bの二班に分け、スペリング競争というのをよくやりました。

たとえばA班の一人が黒板に向かってBOOKと書きます。
するとB班の選手が出てBOOKの終わりのKを頭文字にした単語を思い出してKINGというふうに書くのです。
そうやってどんどん出てきてそれを書いてついには黒板いっぱいになってしまいます。
すると賢治先生はそれを消して、さらに続けさせるのです。
そうやってみんなわくわくしながら、いつの間にかたくさんの単語を覚えていたということです。
ある日、そのスペリング競争で長い単語を見つけて戦いました。
やっていくうちにだんだん単語がでなくなってきたときです。
「諸君がまだ見つけられないのがもう一つあるよ。」  「何ですか?」いっせいに生徒たちは言った。
「Smiles!微笑だな。」   「どうしてですか?」
「だってこの字なら、始めのSと終わりのSの間が一マイルもあるのだからな!」喚声をあげて生徒は笑い出してしまう。
この生徒たちはその後、人生のどこかで、一マイルとか、二マイルちかいう言葉を聞く度に、
ジワーッと心の底から沸き上がってくるあたたかな笑いを感じることができるのである。
どちらにしても賢治は一つのジョークを言うにしてもいつでも後でハッとするような深みを持っていた。

細胞や生命についての授業の中での話
「太陽は、太陽系すべての星の中心にあってその君主です。
地球上の生きとし生けるものは、すべて太陽のおかげによって生かされています。
この生けとし生けるもの、すなわち有機物も無機物もみな、立派な生命を持っているのです。
さんさんと輝く太陽の光とともに降る雨は、白く光る美しい粒としてこれも生きています。
黒き土。放っておけばただふつうの土でしかないものにも、堆肥を入れ、耕せば肥えてきます。
そういうことで無限に肥えてくるのです。
人間の心だって同じです。
心の畑に植える種、真、善、美。ほんとうの幸福に通ずる道はそれなのです。
そのように目覚めなければ、この気圏は太陽系全体の目覚める生物の発する青い修羅の光のために怯えたままなのです。
知恵をめぐらせ、一生懸命働く私たちの汗が、太陽の光にきらきらと輝くとき、その光の汗が宇宙全体にゆきわたるとき、
世界全体が青ビカリを駆逐し、明るく幸福になれるのです。
しかし人類が過去、現在、未来の三世にわたって真の幸福を探し求めるということは実に難しいことです。
でも、それはしなければならないのです。

人間が、再びあの恐ろしい爬虫類時代のようなところへ後退してしまわないためにです。
その戦いのために、わたしはこうして、白いチョークの霧を浴びながら話しています。
きみたちには、きみたちのそれぞれの戦いがあるはずです。それを考えましょう。」

分子の話から(水素ガスの分子運動の図を見せながら)
「水素ガスの分子が、一秒間にどれだけ多く他の分子にアタックする機会があるかということを示しています。
何回だと思いますか?100億回。100億回ですよ。
生き物たちの身体を作っている分子たちだって同じです。生物でない無機物だって同じです。
無機物のからだの中だって、同じように分子たちは飛びまわり、いつもぶつかり合っているのです。
そうなると、生きものも無機物も区別のつかない面も出てきます。
そうです。そうなのです。こうしてじっと息をつめていたって、細胞は黙っていないんだ。
黙ってない細胞がたくさん集まって出来ているのが人間なんだ。
人間というのはだから、細胞が集まってやっているお祭りなんですね。」

生徒の想い出話

音のない音 「銀の波」
賢治は体で詩を書いた。
目に見えないものを見、音のない音を聞いた。
農学校の道路ひとつ隔てて向こうに広い麦畑がある。
麦の穂は良く実ってそよ吹く風に手招きするかのように揺れている。
皎々たる月は大空にかかっている。
この風景を見た宮沢先生は何を思いだしたのか突然両手を高く上げ、脱兎の勢いで麦畑に入っていった。
手を左右に振り、手を高く、また低く、
向こうに行ったかと思うとすぐ引き返してきた。
こうしたことを数回繰り返して、もとの場所に戻って路上の草の上に腰を下ろして大きな溜息をしていた。
私は奇異に思い「今何をしたのですか?」と聞くと
先生は平気で「銀の波を泳いできました」と言った。
月光を浴びて風に揺らぐ麦の穂が銀の波と感ぜられる先生の鋭い感覚は全く不思議な神秘の力を宿している。

窃盗で留置された生徒
あるとき学校の生徒が花巻署に留置された事件のこと。
授業が終わると先生は皆に言った。
「諸君に注意するが、今日明日中に諸君は非常に不愉快な噂を耳にするでしょうが
                       決して他言してはいけない。得にお願いしておく」
その後母校の不名誉な噂が花巻中に広がった。
教え子のこの事件で数日苦悩していた賢治は彼を救うために立ち上がった。

「○君は私の教え子です。今度のことでいろいろお世話をかけ申し訳ありません。
 私は○君の師として心から恥じます。責任重大でいきなりこんなお願いを持ち込んで
 非礼も甚だしいとは思いますが、私は誓って○君に正しい道を歩ませたいのです。
 悪夢から呼び戻し必ず明るい生徒に立ちかえらせます。どうぞ○君の身柄をこの宮沢にお下げ渡しください。
 ○君の犯罪を目にしたときは全く意外でした。○君は小学校のときに両親を亡くし、伯母の温情で今まで学業をしてきました。
 決してひがんだ性質の生徒ではありません。それに○君は卒業が目の前に迫っております。
 私がなんとかして○君を生まれ変わらせようと思います」

先生は、次の日もまた次の日も熱心に警察を説いた。とうとう○君は不起訴となった。
やがて卒業の日。
賢治先生は○君を樺太に就職させ、新調の背広を餞別してやり、新しい人生の旅を祝った。
地元では過去のことが取りざたされるだろうと考えた賢治は遠いところでの就職をさせたのだった。


盗癖のある生徒にみなが困っていたとき賢治先生がその生徒に話したこと

「お前ととおれが先生と生徒になったのも、何か不思議な因縁があってのことだ。
 そうだろう、この地球上に何十億と人がいるのに、こうして一緒にいるようになったのだろう。
 してみれば、おれとお前は親子でもいいし、兄弟とも同じだ。
 いや今日から、はっきり兄弟になろう。いいか、約束しよう。
 ところでお前は何で人のものを取るのだ。金がほしかったら金、物がほしかったら物、
 何でも兄であるおれが弟であるお前にやる。不自由なものがあったら何でもおれに言うがいい。
 ぜったいに他人のものを取ってくれるな。
 おれの月給は九十円だが、入用ならば九十円の全部でもお前にやる。足りなければ借金してもお前にやる。」
 
生徒はそう言われてうなだれ涙を流しました。
そして「私が悪かったのだから今までのことは許してください。もうこれからは決してしません」といい、
それからは賢治先生になついて、何事も先生に相談して盗みも隠し立てもしない明るい生徒になったのでした。

農民芸術概論綱要ー序論ー
「農民芸術概論綱要」は賢治三十歳(1926)頃の作とされています。
これは簡潔に集大成された「芸術論」であると同時に、芸術の本質を「農民」の立場にとった、全く新しい芸術論となっている。
また賢治はそこで、農民芸術(非職業的芸術)の創造を通して、時間の流れを予見した壮大な未来論を
展開しているとみることもできる。これは明らかに「農民」に呼びかけられたものひ違いないが、さらにひろく、
ひたすらに生きる「生活者」「市民」にも、この通りにあてはまる「市民芸術論」と読みとることもできる。
これらは10項に分かれているが比較的知られている序論を紹介してみます。
素晴らしいものです!

・・・・・われらはいっしょにこれから何を論ずるか・・・・・

おれたちはみな農民である ずいぶん忙しく仕事もつらい

もっと「明るく生き生きと生活する道を見つけたい

われらの古い師父たちの中にはそういう人も応々あった

近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直感の一致に於いて論じたい

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない

自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する

この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか

新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある

正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである

われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である。

賢治の性について

性欲の問題をあるときこのように語っている。

「労働と性欲、性欲と思索、思索と労働、こんなように二つずつならび、
 うまい具合に調和すれば、まあ辛うじて成立しますね。
 肉体労働と精神労働それに性欲と、この三つを一度に生活のなかに成り立たせるということは、まずできません。
 日本の農民は、肉体労働と性欲だけの生活を古い昔から押しつけられて、
 精神労働を犠牲にただ二つだけやってきたのですね」
と言い、
自分では「思索と労働」の道を行こうとした。
性欲のためにエネルギーを消耗するのはもっともつまらないことだ、とよく学校の同僚にも言っていたし、
ニュートンは生涯一滴もスペルマを体外にもらさなかったと話した。しかし人間として容易ならぬことである。
性欲は人間の本能である。それを抑えきれるものだったろうか。

ある朝、関とくや(友人)は旅姿の賢治とばったり出会った。
「どちらへおいでになったのですか?」と聞くと、賢治は紅潮した顔で、
「岩手郡の外山牧場へいって一晩中牧場を歩き、今帰ったところです。
 性欲の苦しみはなみたいていではありませんね。」

と、答えたそうだ。夜を徹して闘ったのである。
性欲の苦しみとたたかうために野原へ飛び出したり、夜半高らかに法華経を詠んだりして転化し、
彼は固く禁欲を守った。
「農村を最後の目標として猛進」するためにも、芸術の創造のためにも、それが正しいと信じたのである。

生徒への性教育

賢治は農学校の生徒のためにハバロック・エリスというその時代では超一流のイギリス人性学者の著書を読んでいた。
いろいろな原書も読んでいて、ありきたりの性問題を取り扱う人たちと違って深い洞察をもっていた。
「生徒たちが誤らないように教えたいと思いましてね。
        英語の教科書よりずっと簡単で分かりやすいですよ」と言っていた。

風景画や美人画、春画、版画や浮世絵など数多く持ち、生徒に貸し「一週間楽しめよ」とも言ったという。
賢治が農学校の廊下の壁に西洋の裸体画を貼ったのも性教育の手段の一端を含んでいたと考えられる。
猥談については、
「大人の童話みたいなもので頭を休めるものだと語り、誰を憎むというわけでも、
 人を傷つけるというものでもなく、悪いものではない。性は自然の花だ」
と言った。


賢治の人柄に影響を与えた人たち
@母のイチ
幼い賢治に添い寝する母イチは、毎晩のように
 「人というものは、人のために、何かしてあげるために生まれてきたのス」
と、いつも言って聞かせた。 後年この母が、
「どうして賢さんは、あんたに、人のことばかりして、自分のことはさっぱりしない人になったベス」
と深いなげきをこめて言い言いした。
「なにして、そんなことになったって言ったってお母さんが、そう言って育てたの忘れたのスか」
と清六さんは母の言葉に答え、二人で笑ってしまうのであった。

A父の姉ヤギ
父の姉ヤギが不縁になって婚家から還っていた。この人は信心深い人だった。
賢治をかわいがって、寝かせつけながら子守歌のように
「正信げ」や「白骨の御文章」を賢治に聞かせ、おしまいには四歳の賢治がそれらをそらんじ、
朝夕の仏前の勤行には父たちとともに唱えた。

B祖母のキンの妹ヤソ
お話じょうずな人で、賢治に多くの昔話を聞かせた。
賢治が六歳のとき赤痢にかかって隔離病舎に入り、父も感染した。
そのため賢治の看病はヤソにまかされ、治るまで賢治に付き添った。
みな、「賢さんの赤痢を治したのはヤソさんの昔話だ」と言った。

C八木英三先生
賢治が小学校三年のときの担任だった八木先生は前任の先生が放任主義だったため
生徒たちに対して「これを鎮めるには鉄拳は無用、童話にしかず」と思ったのでした。
まず手始めに語り始めたのがフランスのエクトル・マローの家庭小説「まだ見ぬ親」だった。
八木先生は熱を込めてこれを読み、半年もかけて読み終わった。
「少年であった自分自身が作品の中に溶け込んで話すので、このときばかりは教室も全く水を打ったような静けさで
 ところどころに生徒のすすり泣きが聞こえることも少なくなかった」という。
この組が四年になったとき、八木先生は早稲田大学に入学するため上京した。

後年八木先生が賢治のことをこう書いている。
「汽車の中で賢治が私をつかまえてこんなことを言った。
 ”私に詩眼を開いてくださったのは、先生の童話です。
 私の童話は根本は法華経から来ていますけれど、
 先生の童話の匂いがすることがお解りになりませんか”と言うのである。


素敵な絵本たち

いま世の中にいちばん足りないもの、それは愛です。
愛することと、愛されることの大切さをもっと知ろう・・。


私から、ありがとう  
中島啓江

この世でいちばん悲しいことは心が貧しいことです。
私が幼い頃、学校でいじめにあっていた私の心を優しく包んでくれたのは母、
そして、母の教えてくれた魔法の言葉”ありがとう”でした。
「オーラの泉」でゲスト出演したときの話が反響を呼んで絵本化したもの。
転校するとき自分をいじめた子に何も言わないで行こうとしたとき、
お母さんはみんなにプレゼントを渡して「ありがとう、さようなら!」と言いなさいと啓子さんに言ったそうです。
するといじめた子は泣きながら「ごめんなさいー!」と謝ったのでした。

固い心やねじれた気持ちを溶かすのは愛だけ・・です。


じょうぶな頭とかしこい体になるために
        五味太郎VS現代の子供の疑問・悩み・希望
50の質問の中からひとつ。 「ぼく、算数がきらいだ!」
山につんだリンゴがあるとします。
ひとりは、いきなり数えて、毎日何個食べたら何日で終わるなあ・・と思った。
ひとりは、ひとついくらで売れば全部でいくらの儲けになるぞ・・・と考えた。
ひとりは、こんなにたくさんあるならみんなに分けてあげよう・・・と思った。
ひとりは、「わあ!たくさんのりんごだあ!」と思っただけでした。
と、いう風にいろんな子供がいます。だからね・・・ってことを考える本です。

以前、情熱大陸に五味太郎が出たとき言ってたこと。
1)あんなに売れっ子で有名で忙しいのにスタッフはいないのはなぜか?
  「こんなに楽しくておもしろいことを人にやらせるのはもったいない」
  と言ってすべての仕事を五味さんはたたひとりでこなしているらしいです。
2)ある出版社の人が読書嫌いな小学1,2年の子が好きになるような絵本を書いてほしい、と。
  五味さん、少し説教っぽく言った。
  「あのねえ、本を読まない子がいてもいてもいいんだよ、読む子がエライということもないんだ」

私も同じ意見です。本をたくさん読んでいると確かに読まないよりいいこともあるかもしれません。
生まれつき人には能力の差がどうしてもあります。
しかしそれは人格の良い、悪いとか、えらい、えらくない、のと関係ないのです。
それにしても、「本よく読んでてエライね!」って誉められるのはどうにも困ってしまいます。
興味があるものを読んでいて、単なる自分の趣味なだけなのですからね・・。
大人が大人に本読んでて「エライね!」は絶対変です・・やめたほうがいいと思います。


ともだち   谷川俊太郎

しっぱいを笑われたらどんな気持ちかな?
ないしょ話されたらどんな気持ちかな?
自分のいいたいことははっきり言おう、相手の言うことはよく聞こう!
仲直りするのはけんかするのと同じくらい勇気がいる。
    だけど、悪かったと思ったら「ごめん」と謝ろう!
会ったことがなくても、どうしたらこの子の手助けができるだろう?
    会ったことがなくてもこの子はともだち!
お金持ちの子、貧しい子、どうしたらふたりは友達になれるだろうか?

ともだと手をつないでゆうやけを見た。
 ふたりっきりで宇宙に浮かんでいる・・・そんな気がした。
ともだちとけんかしてうちへ帰った。
 こころの中がどろでいっぱい・・・そんな気がした。
ともだちもおんなじ気持ちかな?

大人の社会での人間関係を凝縮したような絵本だと思いました。
だんだん、真剣な顔になっていくかもしれません。


100万回生きたねこ
   佐野洋子さん作

知ってる人も多い有名な絵本です。
久しぶりに本屋で立ち読みをしたら、うっかり嗚咽までもらしてしまった私。
いつも愛されて生きてきたけど愛することを知らなかったネコの話です。
最後にこのネコが号泣します。そのとき読んだあなたもきっと号泣するでしょう。


ラブ・ユー・フォーエバー

アメリカで超ベストセラーの絵本だそうです。
これは子供を持ってる人のほうが良さを実感できるかもしれません。
母親は自分の子供がたとえどんな風になろうとも愛し続けます。愛がなくなってしまうことはありません。
親になってみると、どんなに自分が愛されて育ったかわかります。
親の子への思い、子の親への思い。
おかあさんの子供を愛する気持ちで胸がいっぱいになるでしょう。
これは子を持つ母親のための絵本だと私は思いました。
最後のほうのあるページはもう、たまりません・・。、

嵐の夜に   
木村裕一作   アニメ映画化決定!

ヤギが嵐の夜に真っ暗な小屋で雨宿りしているともう一匹やってきました。
なんとそれはオオカミだったのですが真っ暗で相手の姿はお互い全く見えません。
話しをしているうちに二匹は仲良くなり、明日晴れたらこの小屋の前で会う約束をします・・。
全六巻で完結するこの話は友達への愛情を育てるなかでいろいろ起こる問題が学びとなるものです。
最後に作者はこう語りかけています。

「きみはこれから、いのちをかけてもいいと思えるくらいの人や、やりたいことに出会えるかな?
 もし出会えたら、それだけでじゅうぶんしあわせだとぼくはおもうんだ。」

必読です!
お互いを思い、それぞれが心の中で葛藤します。
文もおもしろく書かれていて小学生にぴったりだと思いますが大人にもいいですよ!