音楽に関わる話

  無伴奏チェロ組曲の発見  私の原曲探し マニアックな歌謡曲 グレン・グールド 
  「フーガ」って?  ジャニス・ジョプリン 音楽リスト
  ジャズピアニスト栗田丈資さんと   


何が好きなの?と聞かれ・・

店に入ると壁一面にLPジャケットが貼ってあるのが目につきます。
それらのジャンルがぐちゃぐちゃなので「何が好きなの?」と聞きたくなるらしい。
もともとターンテーブルもあってLPも何枚か持っていた。
ジャズが好きなの?とよく聞かれるけどクラシックのほうがだんぜん好きでございます・・。
ていうか一番が決められないと思いませんか?比べられないもの、違うから。
これって人と同じですね。それぞれの良さをすべて肯定するのが私流とでも言いましょうか。
あと知らないメロディやミュージシャンもいっぱいあるからね。
ピアノもギターも私自身は途中でほっぽりなげ結局聴いて講釈言うことにした。
性格が適当なのでCDもLPも貼ってあるジャケットもちゃんとしていません。
たまにはきちんと片付けますよ。で、たまにお客さんに叱られるのです。
音楽の好みも知識もある意味幅広いのですがけっこうナンチャッテだったりもするのです。
あるお客さんがこの間わたしのことをこんな風に言ってました。
「ゆるい感じがいいんだよねえ」
わたしは褒められたと勝手にとりましたが・・!


無伴奏チェロ組曲の発見は?

1876年12月29日、バルセロナから65キロほど離れたカタロニアの街ヴェンドレルのオルガニスト、
カルレス・カザルスの子として生まれたカザルスは4歳でピアノ、7歳でバイオリン、9歳でオルガンの学習を始めたが
彼の分身ともなったチェロという楽器に初めてめぐり会ったのは11歳のとき、ある三重奏団がヴェンドレルに来演したときであった
。彼はそのときの驚きをこのように回想している。
「私は息が詰まる思いでした。その音色は優しく、人間的でした。からだ中が熱くなりました。」
やがてバルセロナの市立音楽学校に入学したカザルスはアルバイトをしながら学業にいそしんだが、
そこで演奏する軽い小曲の楽譜を探しに古書店を訪れたとき思いがけない大発見をしたのである。
当時はその存在さえ知られていなかったバッハの「無伴奏チェロ組曲」(全6曲)とのめぐり会いであった。
12歳半の少年カザルスはその曲に「戦慄的な興味」をいだき、以来12年間一日も欠かさずその曲の研究と練習を続けて
25歳のときバッハの死後はじめてその全曲演奏をおこなった。
カザルスは彼が同曲の美の真髄を世人に知らしめるために払った努力と、
またその作品の底知れぬ大きな価値についての彼の確信を「コロンブスのアメリカ大陸発見」にもなぞらえている。
180年間ほとんど忘れ去られていたバッハ「無伴奏チェロ組曲」は20世紀初頭にカザルスによってこの世に甦り、
やがてチェロ音楽の聖典とも仰がれるようになったのである。
そればかりでなくカザルスは、独奏家としてのチェリストの地位をいっきに高めた。
またチェロをもっと腕を自由に使って演奏する奏法も編みだした。
かくしてチェロはヴァイオリンと同様の確実な技巧をほこることができるようになり、
チェロ独奏家は世人からうやまわれ愛されるようになったのである。

 オノ・ヨーコ

ある日の新聞にオノ・ヨーコの記事が載っていた。
最近の様子や今の人生観を語っているのだが最後の三つの語りが非常に興味深い。
普通の言葉で言っているが内容はまさに宗教的である。
私も全く同じ考えをもっている。これこそ、真実の言葉、教えではないだろうか。
何故か、オノ・ヨーコに惹かれる・・そんな人が多いのがわかる気がしてくる。

近年は名前の横に必ず、前衛芸術家と書かれている。
今も彼女はマンハッタンのセントラルパークに面したダコタハウス(ジョン・レノンが凶弾に倒れた所)に住んでいる。
この建物の前には今も毎日、世界中から観光客が現場で写真を撮っていく。
「自由に外に出られないので教会にいるようでもあり、プリズンにいるようでもあります。」とヨーコ。

生前ジョン・レノンはヨーコのことを評してこう言っていた。
「世界で最も有名な知られざる芸術家」と。
専門家を除くとオノ・ヨーコの芸術活動は一般にはまだ十分に知られていないが、世界一有名なカップルとされた
肩書きがジョンの死後、徐々に取れて再びアーティストの才能が注目されている。
米国ホイットニー美術館は昨年、オノ・ヨーコの作品を紹介している。
芸術評論家はオノ・ヨーコを「野心的で未完という言葉がその芸術を貫いている」と評した。


夫ジョンのことをこんな風に言っている。
「彼はもともとマッチョな世界から来た人。でも頭がよくビートルズのリーダーとして人間関係を扱うのが上手だった。
 だから女が好んで男に従うポジションをとっているのではないとすぐに理解した。
 ケンカになんか、ならなかった・・。」
ベトナム戦争の頃、「ピース」を訴えたオノ・ヨーコの素晴らしい、新世紀へのメッセージ!
「人間社会はワンボディー(ひとつの体)で、私達はその一細胞。
 それがわかれば”お互い一緒”という気持ちになる。
 そう思えない人はモラルがどうというより、その人自身が損だわ。」

「男の苦労も分かってあげないといけない。
 あなたのせいで私はこれが出来ない、ではなく自分自身を改良していくこと。
 与えられた条件の中で何が出来るのか、実験的な気持ちを持つこと。
 そうすれば、周りも変わっていく。」

「そして心躍ることを毎日一つすれば、二、三ヶ月であなたの人生は変わってくる。
 もし、憂鬱でそれも出来ない時は電話一本でもいい、誰かのために心躍ることを一つしてあげて。」


私の原曲探し

えっ、これが原曲なの?
と、初めて思ったのはエルヴィス・プレスリーの「この胸のときめきを」だった。
そして、ダスティン・スプリングフィールドが歌う原曲に惚れ込んでしまいました。

いちばん好きなものはホイットニーの「ALWAIS I LOVE YOU」の原曲だ。
もともとはウェスタンで、ドリー・パートンが魅力たっぷりに歌っている。
やさしさを感じる、とってもステキな曲です!
サハーに是非、聴きにいらしてください。

そして気になってる、ある曲がある。「I BELIEVE IN MUSIC」という曲。
むかーし、ジュリーがコンサートで歌っていて、ずっと好きな曲なんです。
確か、誰の曲かは分かったのですが、聴けるドーナッツ盤がないし、知ってる人もすごく少ないのだ。
どなたか、ご存知のかたはご一報お願いいたします。

こんな歌謡曲、マニアックだねえ・・

健さんの「時代おくれの酒場」
加藤登紀子のほうが知られているが、健さんのコレは最高なのであります。
年齢を超えて健さんファンの男性は実に多い。
店でコレをかけると、感動しまくる人ばかりなんですよ、ホント。

近松心中物語 「それは恋」
蜷川幸雄演出のこの舞台は今は亡き、太地喜和子が演じてヒットしたもの。
私のだーい好きなこの舞台の挿入歌で、森進一が歌っている。
舞台を観ないとこの曲の良さが分からないかもしれないけど。
命をかけた恋を描いたら、近松はスゴイ!
舞台で芝居を観るなんて、縁のない人が多いと思いますが、日本にしかない”粋”な世界がそこにある・・。

「漂流者たち」
大分前にやった「大日本帝国」という邦画の主題歌であの、ヒデキが歌っている。
中学生の頃、ヒデキファンだった私はこの映画を観たとき、うっ・・ヒデキのこの歌いいじゃん・・と思った。
メロディがすごーく切なく、ヒデキじゃなくても、絶対素敵な曲なんですよ!
ふん、ヒデキ?とか思ってるでしょうが、聴いてみてほしいな・・

グラシェラ・スサーナの「少しは私に愛をください」
小椋桂、もちろんいいに決まってる。
しかし、スサーナのこれがまた、いいんです。「シバの女王」しか知らないでしょ!?

数年前、イグレックでよく歌った「星の砂」
これは珍しいわけでもありませんが、作曲誰か知ってますか?
ヒデとロザンナの亡き、ヒデが作った曲であります。きれいな曲です。
詩の内容に酔ってしまう私は沖縄の島を思い浮かべ、結ばれぬ恋の切なさに涙するのでした。

グレン・グールドの思い出話

その前に私的大ニュース!
もう絶対に手に入らないと思っていたあるビデオが見つかったのです。
それは”グレン・グールド PLAYS BEETHOVEN”です。5月の連休、東京に住む友人に会うため出掛けました。
食事の後通りかかったタワーレコードに寄った所、まさかのビデオが・・・・!あった!
あきらめモードが濃かったので感激度は表現出来ない程すごかったです。、

世の人気にもれず私も大好きなピアニストのグレン。昔、ある人から貰ったテープがきっかけだった。
その後ピアノ教室に通いはじめた私は好きだったクラシックに輪をかけて、のめり込んでいった。
バッハとベートーベンが好きなのもグレンのCDばかり聴いていたからかもしれない。
ある時いろんなピアニストで聴き比べてみた。
好みなので印象はいろいろだが結果的にはグレンの魅力を再認識することになった。
最近、薦められてバックハウスのベートーベンを聴いたら「悲愴」にはまってしまった。
バックハウスはすごく気に入っている。
今、悲愴の第一楽章が流れていると思うけどグレンのコーナーが終わったら
音を消してくださいね。次はジャニスだから悲愴はミスマッチでしょ?

グレン・グールドといえばバッハのゴールドベルク変奏曲ですよね。
今話題の映画「ハンニバル」をご覧になったでしょうか?
レクター博士がピアノを弾く姿が一瞬映りますが、グレンの真似をしているのです!
そう、低く座ってね。映画の冒頭ではゴールドベルクのアリアが流れます。
アリアは私の一番好きな曲で、グールドを想いながら弾く時はまさに至福のとき。
夕べはピアノの忍さんが月光の第三楽章を弾き、そばで聞いていて興奮してしまった・・・!
    
レンがバーンスタイン指揮によるコンチェルトの演奏会を行う日の話と両親の話が興味深い。
この後、ローマでの定期演奏会の様子も面白い!続いて読んでみてね!

1957年、一月その晩グールドはレナード・バーンスタイン指揮によるニューヨークフィルと
ベートーベンのピアノ協奏曲第二番を演奏することになっていた。
午後はずっと眠って外に出ることはない。
ほとんど四六時中はめている手袋を脱ぐと部屋にあったピアノには触らず虚空に指先を動かして演奏した。
室内を歩き回って顎でオーケストラを指揮しふたつのパートを声を張り上げて歌うのだった。
八時半頃、腕から指先までを熱い湯に浸す儀式をはじめ、それが一時間近くつづいた。
カーネギーホールに彼が到着したのは自分の出番の二分前のことだった。
極地探検にでも出かけるようないでたちだった。

毛皮のコートや服を三重か四重に着込んで、それも体躯には合わぬ大きすぎる洋服なのだが
その下には太い毛糸で編んだぼってりしたセーターを着ていた。

   
「そのセーターは聴衆の前でも脱がないつもりなの?」とバーンスタインは聞いた。
コンサートにおける衣装のしきたりをこれ程までに無視したやり方に驚いたのだ!
グールドは返事はせずに、髪の毛をクシャクシャにしながらセーターを脱いだ。
すでにかなり乱れていたいた髪が今は顔の前におちてきた。
くしを貸してくれと言うわけでもなく、手で髪の毛を後ろにかきあげることもなしに彼はステージに向かった。


「彼が私の前を通り過ぎる時は羊飼いの老犬みたいだという気がしたな。立ち上がって彼をピアノのところまで
連れてゆこうかと思ったほどだ。よくピアノがどこにあるか分かったという感じだよ。」
これは最後列にいたヴァイオリン奏者の語る記憶だ。

 
グールドはほとんど体を斜め向きにして、椅子に腰かけて第一楽章を演奏した。
聴衆になかば背を向け、足を組むというありさまだ。

そして第二楽章では完全に陶酔しきった姿を見せ、口を開けて眼を天井に向けた。

最終章はいまにもひっくり返るのではないかと心配になるほどに後ろにのけぞっていた。
あれでは手が自分自身のものではないように見えるのではのではないかと思われるほどだった。

1958年ローマのサンタ・チェチリア・オーケストラの定期演奏会でのこと。

グレンが希望した曲目はベートーヴェンの第2協奏曲だった。
この変ロ長調の協奏曲は、通常オーケストラの音楽家のとっても、指揮者にとっても、又独奏者にとっても
いろいろな意味で余り好まれる作品とはいえない。即ち、他の4つの協奏曲に見られる壮大さもなく、
技巧的な聞かせどころというようなものもない。オーケストラの総譜は比較的平板で、効果的とも言えない。
しかも演奏そのものは決して容易ではないからである。
果たしてサンタ・チェチリアの楽員達も、何故他のものを選ばなかったとか、弦の人数をもっと減らそうとか、
余り気乗りのしない態度は明らかだった。

しかもそのために予定されていた前日の午後の練習の定刻になっても、独奏者のグレン・Gは一向に姿を見せない。
気の短いイタリア人気質で、どうしたとか、電話をかけてみろとか、騒然としている所へ事務局から電話が入った。
体の加減が悪いので今日は出掛けられないとマネージャーからの連絡があったという。
私は直ちに練習を中止、翌朝の総練習の初めに通し稽古だけをする事に決定、音楽家達は損をしたような、
得をしたような表情で、肩をすくめ乍ら帰って行った。

さて翌11月19日、イタリアの空は青く澄み、ローマの秋は明るい日射しの中に快く暖かい。
午前10時、コンシリアチオーネ街の大奏楽堂の舞台には、ピアノが置かれ、配置の楽員が席に着き、
私は指揮台に上がってオーケストラの立札をうけたが、独奏者の姿は見えない。
ソリストを見なかったかと尋ねても誰もが知らないという。

いささか中腹になって来た私は「ミスター・グールド」と大きな声で呼んでみた。
すると「イエス・サー」と小さな声がして、コントラバスの間から厚いオーバーの上から毛糸のマフラーを
ぐるぐる巻きにした、青白い顔をした小柄な青年が出て来た。
オーケストラに軽いざわめきが起こる。

その青年はゆっくり弱々しい微笑みを浮かべながら、一言「グールド」といって、右手を差し出した。
「お早う、気分はいいですか」と答えて握ったその手は幼い少女のそれのように、ほっそりとしなやかで濡れたように冷たかった。
その手も引きもせず、昨日は一日中ほとんど食事も摂れなかったし、夜も眠れなかった、寒くて仕方がないから、
オーバーを着たまま弾くことを許して貰いたい、ゴムの湯たんぽを2つ持ってきたがまだ寒いなどと、つぶやくような小声である。
上着を脱いでシャツの袖まであげている者も居るオーケストラと顔を見合わせつつ練習は始められた。
私は意識して少し早めのテンポをとって呈示部のアレグロを進めた。
名にし負うサンタ・チェチリアの弦が快く響く。

見ると彼はオーバーの襟を立て、背を丸くしてポケットに両手を差し込んで深くうつむいたままである。
一抹不安の視線が集中する。やがてオーケストラは結尾のフォルティシモに入り、力強く変ロの和音で終止した。

正しく8分休止のあと、スタンウェイが軽やかに鳴り、次のトゥッティまで12小節の短いソロ楽句が、
桶を伝う水のように流れた。それはまことに息をのむような瞬間であった。
思わず座り直したヴァイオリンもあれば、オーボエのトマシーニ教授は2番奏者と鋭い視線をかわした。
長大な、時には冗長であるとさえ言われる第1楽章が、カデンツァも含めて、張りつめた絹糸のように、
しかし羽毛のように軽やかに走る。フォルテも強くは響かない。
しかも弱奏も強奏も、ことここの楽章に多い左右の16分音符の走句が、完全に形の揃った真珠の糸が無限に手操られるように
繊細に、明瞭に、しかも微妙なニュアンスの変化をもって走り、流れた。
それは時間の静止した一瞬のようでもあった。


二つの強奏主和音が響くのと、すさまじい「イタリアのブラヴォ」の叫びとは殆ど同時だった。
彼は困ったような笑いをかくして「手が冷たくてどうも」とオーバーの内へ両手を差し込むのであった。

その夜の演奏会の聴衆も、翌朝の各新聞の批評も、驚嘆と賞賛をかくそうとはしなかった。
私にとっても、快い緊張と音楽的満足の30分だった。
その前後、今日までに欧州各地で協演した、高名な大ピアニスト達とは全く異質の、
別の世界に住むこの若い独奏者の印象は私にとってもまことに強烈だった。
                          ( 指揮者の話から )


○子供のころのグレン・グールド

「グレンの音楽的才能はごく幼い頃から目立っていました。生まれて三日目から
指をまるでピアノを弾くときのように動かし、いつまでもそれを止めないのです。
三歳ですでに絶対音感がありました

また鍵盤をひとつひとつ押さえ音が完全に消えてしまうまで指を離さないのでした。
グレンは音が静かに消えてゆくのに魅入られてしまった風でした。
母親がピアノに座らせると、教えられることもなく彼女が弾くように弾いたので驚いてしまいました。
もちろん後年教師につきましたが、耳から入る音楽はすべて即座に弾けたのです。」
    

○ピアノを弾くとき低い位置をとることについて

「あれはゲレーロ(グレンの教師)の影響だと思います。ゲレーロも随分低い位置で弾く人でしたから。
そのほうが音がきれいに出ると言ってました。筋肉の使い方に関係があるのでしょう。
指を下から肘で引っ張るようになりますからね。上から力を加えるのとは違う発音になるのは当然でしょう。


○お父様が彼に特製の椅子を作ったことについて

「そう、まさにオリジナルの椅子をね。背もたれのついた木製の椅子ですが、
脚を切ってその先にネジを取り付け高さと角度の調節ができるようにしたのです。
この椅子はグレンと一緒に世界中を旅したのです。しかも、もっと低くと、その後何度も脚を切って」

    
○ピアノに向かう時以外のグレンの様子について
「音楽に夢中でしたから学校に通っていたときも、特別に午後は音楽の時間に当てるようにしていました。
中学、高校はオルガンを練習することが多かったですね。
性格は陽気で、いつも自転車で何マイルも走り回っていました。

ボール遊びなどは全くせず小さな頃から、誰かがふざけて彼にボールを
投げても絶対受けようとしませんでした。くるっと背中を向けて離れていってしまうのです。手を守りたかったのでしょう。
それから動物とか虫とか、生き物ならなんでも好きでした。

私は釣りが好きでグレンともよく一緒に出かけたのですが、彼は魚が針にかかることに耐えられず、
私にどうか釣りに行かないでくれと頼むので止めてしまいました。

グレンはいつも犬がそばにいないといやでした。彼がピアノを弾くと犬がお供をして傍に座っているんです。
鍵盤に前足を乗せて弾くような格好をする犬も、ピアノに合わせて歌う犬もいました。
グレンがつける名前はいつも気取っていて、ニコライ三世とか、バンクオーとか。
小鳥にもモーツアルトというのがいました。金魚もいたな。
作曲家の名前を付けて。ベートーベン、ショパン、ヘンデルなんて。
その一匹が死ぬと「ベートーベンが死んだ」とかいいながらトイレにながしちゃう。

    
○彼の人となりについて
グレンを知る人は限られていたと思います。彼は愛すべき人柄で本当に魅力的で、
誰でもグレンが好きにならずにいられませんでした。でも、彼のほうからは誰にも好意を示すわけではなかった。

他人に干渉されるのが嫌いで。でも本当は親切で寛容な人でした。
人に会った瞬間に、この人とは合う、合わないというのは分かったようです。
知性が豊かでしたから体裁屋とか、勿体ぶった人、自分以上に自分を見せたがる人は大嫌いでした。

自然な自分自身をストレートに出す人が好きでしたね。
彼自身思い上がったり、うぬぼれたりするところは、ひとつもありませんでした。
音楽的にもそうでしたがいろいろな意味で彼ほどスリルを与えてくれる人はいませんでした。

    
○亡くなる少し前のことについて、父の言葉から
「その少し前、父親に電話してきて
”あのね、僕は自分のやりたいことは、ほとんどやり尽くしたように思うよ。”と言ったのです。
今思うととても不思議です。 何か予感していたのでしょうか。
グレンは自分自身の中からあまりに多くのものを与え、自分自身の中からあまりに多くのものを取りました。
自分自身をまったく無駄にしなかったのです。
そうするために、猛烈なエネルギーを使いきったと思います」


グールドこぼれ話

グールドは生涯を通じてあまりものを食べなかった。
多くても一日に一回だけで決して肉は口に入れなかった。野菜も同様だ。
「野菜は呪われている」と彼は言っている。
演奏旅行中や録音期間中はさらに食べなかった。
十日間何も固形物を食べてないと言ったこともある。

彼がまだ人づきあいをしていた頃のこと、
夜を徹しての議論と録音の後で朝になって、冷蔵庫に食べるものがあると言ってことがある。
その場に居合わせた人々は当惑した顔つきをして台所から戻ってきた。
フルーツジュースの缶しか見あたらなかったのだ。

 ここでちょっと聞きかじった話を一つ・・。 「フーガ」って?!

英語で fugue (フューグ)
これを医学の世界では「徘徊癖」と訳されるらしい。
(ショッキングな事件などを目撃した人がそれが原因して自分の想像の世界に入ってしまい、
 正しい、言動や行動が出来なくなって、心がさまよってしまうこと、なども言う。)
バッハの「トッカータとフーガ」のフーガだ。
フーガは古くは遁走曲と言われ、主旋律が遁走、つまり逃げていくのを副旋律が追いかけていく。
音楽上のカーチェイスみたいな形式のこと。

これは英語の勉強をしていて見つけたのですが、意外な理由で名前が付けられていて面白いですね。
へえー、とか、ふーん、と思うことばっかりでなかなか楽しい毎日である。
   

ジャニスを想い出す・・・。

深夜に近くなると誰かが云う、「ジャニス、かけてくれるかな・・」
私はいつもの CDを黙って、ながす。
静寂を破るようにジャニスのしゃがれた声が店中に響く・・・。
初めてジャニスのサマータイムを聴いた頃、「どんな人なの?この声はなに?」
いっぺんに魅了されてしまったものだ。
ジャニスの歌はブルース、人生もブルース、そして死んでしまった。

サハーに貼ってあるジャニスの写真に気がつく人がかなり多く、嬉しい。
今まで話には出なかったが「実はファンでね・・・」とそれぞれの想い出が語られるのだった。
この間は犬の名前がジャニスなんだ・・というお客様もいた。

  
ジャニスの残した言葉を拾ってみた。

「なにもないってことは、ないんだ。何かが足りないってことがブルースをうたわせる。
 
何かがないから、悲しくなるんじゃない、
 何かがこう、あってくれればって思うから悲しくなるんだよ。穴だよ、うつろな空間だよ・・・。
 考えすぎるんだと思うんだ、だから飲むんだ。」

アルコールとドラッグとは共通の目的をもつ明らかな共謀者であり、
彼女を襲ってくる邪魔者たちを落ち着かせるためにちょっとした礼金で、
一時的に雇われた奇怪な相棒たちだった。彼女は死がやってくるのを見た。
彼女の目の中に漂う失意の色を見ると、泣き出したいような気持ちにさせられたものだ。
それは彼女が訴えかけるような悲しげな声で、愚痴をこぼしたり下品なことを言ってる時ではなく、
あらゆることが彼女を圧倒してしまったように思えて、
哀れなボロの山のようにオンボロのソファの上にぐったりとしている様な時だった。

「私の音楽は頭の中で考えられたものじゃないのよ。
 魂がなけりゃ何もないのと同じよ。音楽的かどうかなんて気にしないわ。けど、それは成功したのよ!」
ジャニスはステージに立つ前は馬鹿々々しいくらいおびえたが、舞台を降りた時は
興奮で気が転倒していても自分がうまくやったことを承知していた。

「あたしはビリーが死ぬずっと前から好きだった。言いたいことはただ一つ。
 あたしはこれまで随分、インタビューされてきたことから分かったんだけどね、
 みんなは気がついてないにしてもブルースシンガーたちが悲惨なほうがいいんだよ、
 みんなそのあげく死んでしまってほしいと思っているんだよ。」

人々は彼女にビリー・ホリデーになることを望んだが彼女はちっともビリー・ホリデーらしくなかった。
ビリーはとても女性的で優美だったがジャニスはまるっきり違っていた。
私は彼女を自暴自棄にさせるのは、彼女の性格の中の部分だと思う。
つまり本当の彼女は女で、しかもとても女性らしい女性だったのだ。
こども時代テキサスで何があったか知らないが、私には彼女が間違った土地に
間違って生まれてきた人間で間違って扱われてきたという感じを持っている。
彼女は本物の女だったのに人々は彼女を男たちと同じように扱い続けた。
みんな彼女が放言するのを聞きたがった。


「あたしは今日生きてんのさ。今から20年後どこにいるか知っちゃあいないさ。だからあたしはこうやって、生きてんのさ。
だってもし自分を、ちびちびと節約しだしたらジャニスには何も残らなくなるだろうよ。」

「時々鏡で顔を映して、美しさがどこかへ行っちゃったって思うんだ。
 でもあたしのやってきたこと全部を考えるとまんざら悪くないって思ってしまうんだよ。
あたしの音楽については最近こう思うんだ。
”演奏するな、嘘つくな、やりたいんなら、やるんだ。音楽になろうとするんだ。バカじゃないんだからやれよ、ジャニスって。”
この何ヶ月かの間にやっとあたしは、それができるってことを、受け入れることにしたんだよ」
ジャニスが天才だったことは疑う余地がない。
アメリカのポピュラーミュージックの基礎はすべてブラックサウンドであり、
ソフィー・タッカーからダスティン・スプリングフィールドまで白人女性歌手たちは代々黒人のサウンドを真似しようとしてきた。
しかし何びともペギー・リー含め白人女性はこれまで、誰もジャニスの達した程の
ブラックミュージックを個性的に歌うことは出来なかった。


父セス・ジョプリンの話
「人を信じやすい子で、それを包み隠す方便を身につけていました。
ええ、ワイルドな女性でわがままな子供だったのです。悪口雑言を吐きながら生きていました。
あんなに振る舞っていましたが、そのほとんどは芝居だったのです。
奔放な生活をして何でもやってみたにもかかわらず・・。」

ジャニスをよく知る友人は死ぬ前の日々をこう言っている。




  「彼女はとても幸福だった。
   彼女には愛する男がいたし、私がかつて無い程、      
   自分の音楽に満足していた。
   新しいレコードの最後の段階は終わっていて、
   じきに完成する予定だった。
   休暇でフィアンセと出掛けるのを楽しみにしていたし、
   その後の大規模な公演旅行も楽しみにしていたのだ。」


1970年10月4日 日曜未明ロスのランドマークホテルの部屋で死んでいた。
手には4ドル50セント、そばには封の切手ないマルボロがあった。
空港で会うはずのジャニスを探していたフィアンセのセス・モーガンからの連絡を受けた
ジョン・クックがジャニスを発見した。

もし、お望みならジャニス愛飲の”サザン・コンフォート”で一杯やりましょうか・・・。
もちろん、ジャニスを聴きながら・・・

 ジャズピアニストの栗田丈資さんとお話


私    「この間は久しぶりにピアノ聴かせて戴きありがとうございました!
      実はね栗田さんのジャズピアノ聴いてから私の中に変化があったんですよ。」

栗田さん「どんな?」

私    「正直言って今まであまりジャズピアノに惹かれなかった。生で聴いて胸にドーンてきて
      その魅力に引き込まれちゃったっていう経験もなかったから。
      それが来ちゃいましたね。栗田さんのピアノで。始めて聴いた時、アレって思った。」

栗田さん「嬉しいねえ・・。」

私    「去年の秋ぐらいからひとりで盛り上がって、ジャズのLPやCDを集めだしてたの。
      そんな背景もあってか”エモーション”たっぷりのピアノを味わった私の耳はジャズを
      聴けるようになったみたいです!でもあまりくわしく知らなくて、あの旋
律のあとに
       弾いてるアドリブみたいな部分て、自由にやってるんですか?」

栗田さん
「わかりやすく言うね。
      ”AS TIME GOES BY”でいうとタララリラ〜って一通りやるでしょ。
      その後、何やってるか知ってます?
      そこからアドリブコーラスっていって”AS TIME GOSE BY”を和音の進行に添って
      旋律を即興もしくはあらかじめ自分で作っておいたものをそこで弾くわけ。
      一般的にジャズでいわれるアドリブってのはその場の気分とかイメージで弾くんですよ。
     

      
じゃあそれぞれ楽器がアドリブの時どんな風に弾いてるかっていうとね。
      ベースなんかは”AS TIME GOSE BY”を一通りやった後、頭に戻ってもう一度弾くんですよ。
      だけどメロディーを弾くもの、ピアノの右手やサックスなんかは二番目からは曲を弾かないですよ。
      旋律を弾いたり、吹いたりしてはいけないの。伴奏に合わなくてはいけないけどね。
      その部分をアドリブっていうんですよ。
      それを3コーラスか4コーラスあるいはもっとやって
      必ず最後にもう一度”AS TIME GOES BY”の旋律をやる。
      決まりがちゃんとあるんですよ!」


私    「好きなように弾いてるんだと思ってた・・。」

栗田さん「自由なんだけどね、その曲の和音進行にのった上で旋律を自由に弾きなさいってこと。
      アメリカの文化に似ているね。規則を守ってれば後は自由ってのがね。」


私    「なんか、今までよりCD聴いても楽しめそうな気がする・・。」

栗田さん「じゃあね、店でジャズ聴く時こうしてみて。一番いいのは旋律を歌える曲を聴くの。
      たとえば”枯葉”を一緒に歌うとするでしょ、
      一通り終わったら、心の中でもう一度旋律を歌ってみて。
      そのとおりコード進行してるから。
      でもその間”枯葉”の旋律はピアノで絶対、出てこないよ。
      それを無視して演奏してたらデタラメ。よくいうとフリージャズっていうんだけどね。
     

       (録音用のマイクを私が気にしていると・・・)

栗田さん「大丈夫だよ、そのマイクいいのだから・・。」

私    「これ私のピアノのレッスン用のなんです。いつも先生に練習曲を弾いてもらって録音して、
      帰ってから何度も繰り返し練習してました。」

栗田さん「勉強家ですねえ!練習の時にテープ持って来る人は先生はすごく歓迎なんですよ!
      もう、やる気があるのわかってるから。
      僕のレッスンではビデオ使うの、ある程度弾ける人にはね。僕の弾いてる所を真上から全部撮るの。
      そうすると、どこで弾いてるかよくわかるでしょ。アドリブって楽譜に書ききれないから。
      僕がゆっくり弾いて指もどこを押さえているか、わかるようにしてあげるの。
      すっごく喜ぶよ!
      持って帰れるからね。イメージ持って帰ってそん時は弾けるような気分なんだけど
      時間がたって、一人で練習するとやっぱアイディアなくなるでしょ?」


私    「そうそう、覚えたつもりの所を家でやろうとすると、わかんなくなっちゃう時あるもの。
      レッスンとレッスンの間の練習が大事なんですよね、習い事は何でもそうだけど。
      次のレッスンが生きなくなるから、もったいない!」

栗田さん「わかるよ。」

私    「1〜2回レッスンさぼっちゃうと次に行く時、気持ちが重くなってしまう・・。」

栗田さん「わかる、わかる。生徒さんのほうから、積極的にくると最高にレッスンが有意義になるね。
      ビデオがいいのは声と映像でいけるでしょ!だからものすごい進むよ。」

私    「栗田さんに教えてもらった方がうらやましい!」

栗田さん「ピアノ子供の頃から?」

私    「とんでもない、38歳でどうしても弾いてみたくて始めたの。始めての発表会AOIでやったんですよ。」

栗田さん「あのホールでやっちゃったの?すごいねえ。」

私    「習いたての生徒もどんどん出しちゃう先生で、恥ずかしかったけどいい想い出です。」

栗田さん「そういう先生はいい先生ですよ!ママはモーツアルトが好きそうだけど・・。」

私    「モーツアルトはあまり聴かないの。誕生日はいっしょだけど。ベートーベンとバッハが大好きです。
      とにかくベートーベンの曲を弾きたかったの。今好きなのはマレー・ペライアかな。
      アシュケナージは教科書みたいだし、ポリーニもいいけど月光弾くと眠くなっちゃう。
      グールドに慣れすぎてるから、というより愛しすぎてるから好みが片寄ってると思う」

栗田さん「テンポっていい加減でね、こうしようと思っても速くしか弾けなかったり、遅くしか弾けなかったりする。
      すごく人間てその辺いい加減なんだよね。じゃあ、ベートーベンの曲、録音とかしたの?」

私    「してないの。発表会に出さなかったから仕上がってないんです。そのままで終わっちゃった。」

栗田さん「そうだね、重量挙げみたいにずーっと持ち上げていられるようにしないと弾けないよね。」

私    「”エモーション”のジャケットの中の文で読みましたけどオスカー・ピーターソンの
      WE GET REQUESTSを聴いてジャズに惚れ込んだって。聴いてみたい・・・」

栗田さん「えっ、まだあの名盤を聴いてないの?」

私    「残念ながら・・。20代は結構ジャズ聴いてたはずなんだけどねえ・。
      パーソンの白沢さん、知ってますよね。よくお店に来てくれて、いろんなジャズをテープに入れてくれたの。
      いっしょに飲みにもいったし、彼の影響は少なからず受けてますね。」

栗田さん「あの人は耳もいいし芸術肌で、随分いろんな人呼んでたね。あのハンク・ジョーンズも来たし!」

私    「デューク・ジョーダンも何回か来ましたね。
      アル中でマネージャーからウィスキーを飲ませないように言わてるけど、ノリが良くなるから
      飲ませちゃうんだって前に言ってたっけ。」

栗田さん「だからよけいにパーソンに来たかったんじゃない?
      

     
 デューク・ジョーダンといえばすっごく手が大きいの知ってる?
      ピアノの鍵盤が”ド”から”ソ”までとどくの。12度だよ!オクターブ軽くこすんだよ!
      僕なんかは”ド”から”ミ”の10度オッケーだけど”ミ”のフラットから数えた10度は大変かな。
      
      アメリカでジャズの初級の楽譜とか買うでしょ。平気で”ド”から”ミ”の10度書いてあるんだよ!」


私    「アメリカといえばボストンのバークリー音大の頃の話をききたいな。」

栗田さん「あっという間の4年間だったね。最初の一年は寮にいてね、ルームメイトがハワイ出身の2世だったの。
      だから日本語がわかって随分助かったね、授業でわかんないことがあってもさ。
      1977年から81年までいたのかな。」


私    「私も58年生まれですから、だいたい時代がわかりますね。
      その頃、ディスコブームでインベーダーゲームとか流行ってました。」

栗田さん「そうそうウォークマンの1号って知ってる?79年にでたんだけど、アメリカに持って帰って聴かせたら
      驚くなんてもんじゃなかった!
      ”なんでこんな小さなヘッドフォンからこんなすごい音がでるんだ?!”って。
      10台以上売ったもの、すごかったよ。」


私    「その頃私はもうこの仕事してて、栗田さんはボストンでピアノ勉強してたんですね!」

栗田さん「今ピアノやってないの?」

私    「ちょっと限界感じてインターバルです。でもね前にピアノの友達が習い始めの私を誉めてくれたことがあるの。
      ”どんな難曲を弾けることより、小さな曲でも気持ちが込もっている小関さんのピアノはとってもいいよ。”って。
      一生忘れられない位嬉しかったのを覚えてます!」

栗田さん「やっぱり気持ちが入ってるから、ますます弾かなきゃ!そういう人は写真なんか撮るといいよ。
      本質主義をつらぬける人って気がするもの。本物を大事にするというか、平等というか、考え方がね。
      いいものはいいとか・・。」

私    「そうですね、私はうそがないこと、やさしさとか謙虚さ、愛することが大前提で。真実に生きたい・・。」

栗田さん「8年位前かな、隣のお店に来てて、サハーのこと名前わかんなかったけどこんなお店あるなーって。」

私    「お店はますます私の部屋みたいになってしまって、もうからない・・。」

栗田さん「そうなの?でもほんと、いい店。わかるよ。人に教えたくないって。
     
      そういえばホームページ見たよ!ママの色が出てるね。思ってた通りだった。
      本があったり、CDがあったり何となく線が見えてくるよね。

      
  
    ホームページに載ってたけど箱根のオーミラドーもよく行ったよ!食べ歩きとか美味しいワインが好きでね。」

私    「じゃあ銀座のサロン・ド・サンク行ってくださいね!そこにいた稲葉さんがシェフで腕振るってますから。」

栗田さん「あの辺、しょっちゅう行くからのぞいてみるね!
      この間月曜日にピアノの高松さんいたけど何時に演奏してるの?」

私    「9時から11時です。クラシックを楽しむ日が一日位あってもいいんじゃないかなと思って。
      というか私が聴いていたいからっていうのもあるんだけど、定着するまで絶対続けたい。

栗田さん「いいと思うよ。」

私    「最近ジャズピアノが好きになってきたせいもあるんだけど、もっとピアノを生かすために
      ウッドベース置こうかと考えているんですよ。
      もう一歩踏み込んでジャズそのものを楽しめる店にしたくなってきたの。いろいろ意見は飛び交ってますが。
      いいものを中古で10万から15万以内で探してるところです。」

栗田さん「いいの見つかるといいね!」

私    「縁があればベースと巡り会えると思うし、あとは神さまにおまかせしてあります。
      そう、何かお勧めのアルバムとか教えてください!いろいろ聴いてみたくて。

栗田さん「じゃあメモしてあげるね。サイラス・チェスナットって知ってる?若いけどいいよ!
      
      ジャズは1980年代をもってね、およそすべてのスタイルは完結してしまったの。
      今はもう20年間、ほとんどメインストリームに戻って若手も全部、そういうことを真っ正面から
      やってる時代が今だに続いてるの。
      だからやってることは、古かったり古典なんだけどすごく落ち着いてるの、ジャズ界は。」


私    「そうなんですか。いろんなお話が聞けてジャズがだいぶ身近になりました!
      栗田さん、最近ピアノ調律しましたからまた弾きにきてくれますか?」

栗田さん「いいよ。その時僕の”エモーション”の中のオリジナル弾くね!」

私    「ありがとう!きっとお待ちしてますから。」


話は尽きぬまま、終わった。気持ちの中ではもっと話したかったので完結ではない。
人気の映画がいかにも次回作を期待させる様な感じだろうか・・。

その後・・・・・
オスカー・ピーターソンの”WE GET REQUESTS”はテープが駄目になるまで聴いたものだったことがわかった。
タイトルを知らずに聴いていたのです・・わたしはね。
栗田さんのピアノの話を店ですると、皆、「いつ、サハーにみえるの?」と聞かれるそれは分からない・・。
ピアノの置いてある店でもし、誰かがステキなジャズを弾いていたらきっとそれが、栗田さんですよ。

  
栗田丈資さんのプロフィールと解説
バークリー音楽大学の出身で現在静岡在住。東京をはじめ日本の各地でプレイし続けて
いる。
バークリーではキース・ジャレットの師でもあったレイモンド・サンティージに4年間師事したのだった。
彼が病気の時、ボストンのクラブ「コブリ」や「エリオット」などにも出演したと言う。
国内ではベテランや実力者との共演も多く、実力のあるピアニストとして多くのプレイヤーから
声をかけられ、沢田駿吾、稲葉国光、水橋孝、本田俊之、アンリ菅野らと共演してきた。
しっかりしたテクニックを持ち、しかもスウィンギーでジャズのエッセンスを感じさせるバランスの
とれたピアノで、奇をてらったり、無理をしたプレイはみられない。
彼はこれまでにライブハウス、コンサートからスタディオワークまでをこなしてきているだけに
どの曲の解釈も演奏も的を射たものばかりで感心させられる。 
     
 

サハー音楽リスト

   

ロック・ポップス・ソウル・ファド・ボサノバ他         ジャズ
     アンダーラインは私のお薦めです。

(あ)
アート・ガーファンクル
(あ)
アートファーマー&ベニーゴルソン
アースウィンドファイヤー ウィントンケリー
アンプラグドコレクション エラ・フィッツゼラルド
アンドレア・ボチェッリ ロマンツァ 綾土千絵
アマリア・ロドリゲス 伊藤君子
アントニオ・カルロスジョビン
エリック・クラプトン アンプラグド
             ピルグリム
(か)
アレサ・フランクリン キース・ジャレット MY SONG
            STANDARDS VOL.1
(か) 栗田丈資      SWINGER
            EMOTION
キャリン・ホワイト 小林桂       SO NICE
グローバーワシントンJr ワインライト コットンクラブ サントラ
グラディスナイツ クリス・コナー
キングクリムゾン (さ)
キングオブソウル ジョージベンソン
14カラット ソウル セレニアス・モンク
グラシェラ・スサーナ SAXOPHONE WORK SHOP
ギドン・クレーメル LECINEMA スタンダードベスト
クリフォード・ブラウン&ヘレン・メリル STEVE KHN
(さ) ジョン・コルトレーン バラード・至上の愛・ソウルトレイン他
シネマティックピアノ スタイリースティックス
ジョージ・ウィンストン オータム (た)
ジャクソン・ブラウン RUNNING ON EMPTY ダイアナ・クラール
スティービー・ワンダー LOVE SONGS他 デイブ・ブルーベック
シャーリー・バッシー デューク・ジョーダン
スラヴァ アヴェマリア チャーリー・パーカー
ジョージ・マイケル チックコリア&グルダ
スノーバグ・ハイラマス DAVID HAZELTINE TRIO
シャーデー  ベスト・ダイアモンドライフ チャールズ・ミンガス
STEEDY DAN (は)
シンプソン バド・パウエル          トリオ・THE AMAZING
サイモン&ガーファンクル ビル・エヴァンス    WALTZ FOR DEBBY
SISTER ACT   サントラ ビリー・ホリデー   LADY IN SATIN
ジャニス・ジョブリン ボブ・ディラン
ジプシーキング ハービーハンコック ベスト・ザピアノ・ニュースタンダード
ジョン・レノン パパス&ママス   
スタイリー・シティックス ビートルズ 
サンタナ   スーパーナチュラル (ま)
ジェフ・ベック フーエルス他 マル・ウォルドロン
(た) ミルト・ジャクソン
チャー マイルス&コルトレーン
ダンシングヒーロー  サントラ マディソン群の橋  サントラ
ダスティン・スプリングフィールド
ため息つかせて
ダイアン・キング クラシック
ダイアン・シュア (あ)
ダイアナ妃  追悼盤 アシュケナージ ラフ24のプレリュード・ショパン
          ラフ コレルリ 音の絵 他
デッド 内田光子    シューベルト  ソナタ
トニー・ロレンツ 遠藤郁子     ショパン集
ドナルド・フェイゲン KAMAKIRIAD 大植英次
トニー・ブラクソン (か)
トレンス・トレント・ダービーズ カルロス・クライバー 運命・未完成
              ニューイヤーコンサート
デビッド・サンボーン ギドン・クレーメル  ピアソラ集他
(な) クリュイタンス   パヴァーヌ
ネッド・ドヒニー キーシン  ソナタ集
ニルソン  ベスト クララ・ハスキル ベートーベンV ソナタ
ナッキン・コール ケント・ナガノ
ナンシー・ウィルソン カラス&ディステファノ
ニルヴァーナ  川畠成道 V アヴェマリア
(は) キャスリン・バトル
B・Bキング  BLUES SUMMIT ケンプ ベートーベンソナタ集
バルエコ カラヤン 四季
プリンス (さ)
PURE LOVE サロネン ショーンベルク 浄められた夜
ボーイズUメン サラ・ブライトマン
ボビー・コドウェル シフラ   リストソナタ集
ベビー・フェイス ジョン・ベレイスオペラアリア集
ホイットニー・ヒューストン ベスト
                
ボディーガードサントラ
ソプラノ アリア集
ベット・ミドラー FOR THE BOYS SKYLARK
          THE ROSE         
          
シャイン  サントラ
ヴィクター・ラズロ シュウマン・ブラームス集
バーバラ・ストライザンド ジョン・オコナー ショパン ノクターン集
フォー・トップス (た)
ピンク・フロイド    ANIMALS  狂気
ボブ・マーリー
デヴィッド・ヘルフゴッド  ラフ  3番・プレリュード・展覧会の絵 
ビル・ウィザース    ソウルシャドウズ他
パティー・ラベル
ドビュッシー・ラヴェル集
ビートルズ  アビーロード・イマジン・バラード集 チャイコフスキーピアノC1番
ボサノバ集・ブルース集 (は)
パティ・ペイジ バイロン・ジャニス ラフ  2番・3番
バーデン・パウエル プーランク ピアノ曲集
ポゴレリッチ スカルラッティーソナタ集
(ま) ヴェルディー・モーツァルト集
マイケル・ナイマン ブーニン  ショパン
マイケル・ボルトン バルビローリ マーラー9番
マーヴィン・ゲイ モータウン グレイテストヒット ホロヴィッツ  モスクワライブ
マーティン・バリン  ハート悲しく バロック集 カノン他
マックスウェル バーバラ・ボニー
マリリン・モンロー ホルヘ・ボレット
ミニー・リパートン ポリーニ  エチュード・ショパン・他
バックハウス
マドレデウス  (ファド) (ま)
ミッシェル・ポルナレフ マレー・ペライア  クラウスレリアーナ・ベスト他
(や) (や)
ワム ヨーヨーマ  ピアソラ・バッハチェロ組曲
(ら) (ら)
レイラ・ピニェイロ レナード・バーンスタイン マーラー5番
ルーサー・バンドロス ラルフ・ゴトーニ シベリウス
ルーサー・アリソン ラフマニノフ・プレイズ・ラフマニノフ
ロバート・クレイ
ライチャス・ブラザース
ロッド・スチュアート

         

日本のフォーク・他 グレン・グールドのアルバム
井上揚水 ベスト・レ・ビュー バッハ
奥田民夫 ショッピング ゴールドベルク変奏曲
小椋桂 イギリス組曲
金子由加利 フランス組曲
竹内まりや パルティータとプレリュード
高橋真梨子 トッカータ
水越けいこ フーガの技法
ハイファイセット インベンションとシンフォニア
ユーミン ピアノコンチェルト
中島みゆき 大吟醸・パラダイスカフェ ヴァイオリンソナタ
ボサノバカサノバ チェロソナタ
松山千春 平均律クラヴィーア
サザンオールスターズ B3 ベートーベン
ロングバケーション 3大ソナタ15・16・17・18・23・30・31・32番
安室奈美恵 皇帝ブルレスケ
尾崎豊 エロイカ他変奏曲
元ちとせ テレーゼコンチェルト1・2・5番
長渕剛 アコースティック ハンマークラヴィーア
拓郎ベスト 田園SY
赤い鳥 ソナタ  1〜14
吉田美和 その他
荒木一郎 ショパンソナタ3
長谷川きよし ブラームス バラード・ラプソディ・インテルメッツォ
モーツアルト ソナタ
ショーンベルク
グリーグ・ビゼー・シベリウス
クシェネック・ウェーベルン
ドビュッシーソナタ
ワーグナージーフクリート牧歌
ヒンデミット 3つのソナタ