食べ物と体&セヴァ           
  
  食べ物と体
動物の痛みについて 
タンパク質と骨粗鬆症の関係
カルシウムと燐の関係
腎臓結石とタンパク質への関係
飢餓が救われる
健康な心は健康な体から
とさつ場
肉食について
肉食パートU
   セヴァ(奉仕)
アルベルト・シュバイツァーのこと
マザーテレサの言葉から
奉仕のむずかしさ

杉さんの福祉活動は本物  
ハンセン病患者を目の前にして 
サイババの病院
ホームレスの人たちの素顔 
懸命に働いている野宿者達 
古着・新品の防寒具集まれ!
日本フォスタープラン協会  
  

動物の痛み&清らかな食べ物

動物は食べられるために生まれてきたわけではありません。
原住民がその日生きるための食料を、その地で探し、狩りをし、食べる、というのは
動物もおおいに闘い、負けたと往生して納得するのだそうです。
その形以外は私も賛成したいとはどうも思えません。
我が家には愛猫がいます。自分のペットを食べられますか?
なんらそれと変わりがないということを誰か気がついているでしょうか。
動物がどんなに素晴らしい知能と感情を持った生き物か、エコロジカル・ダイエットという、
アメリカの本から伝えていきたいと思います。

「人はよく人間は昔から動物を食べ続けてきたのだ、と言う。それで肉食を正当化できると思っているかのように。
こ論理にしたがえば、私たちは人殺しをなくそうと努力する必要はない。
人殺しも大昔から行われてきたものなのだから。   (アイザック・シンガー)

シュバイツァーの”ブタ”
アウベルト・シュバイツァー博士はアフリカで慈善病院を運営していたとき、原住民にある申し出をした。
それは、もし殺すつもりでいる動物を殺さずに持ってくるならそれを買い上げるというものだった。
博士は数多くの動物の命を救い神の造りたもうた種種雑多な生き物たちを身近に置いて、
動物との調和のとれた新しい付き合い方の可能性を原住民に示したのである。
博士はあるイノシシとの素晴らしい出会いについて記してある。

ある日土地の女性が人なつこいイノシシを持ってきた。囲いを作って入れると土地の男は
「野生のイノシシは囲いの中でじっとしていないさ。土を掘ってすぐくぐりぬけるよ」と言った。
翌朝、イノシシは既に囲いの中にいなかった。
ところがその日、昼食を食べに戻ると驚いたことにジョセフィーヌ(ブタの名)が家の前で待っていた。
ジョセフィーヌは私をじっと見つめた。
「あたしはずっとあなたに忠実でいます。でも、もう囲いに入れるようなことはしないで」
私にはそう言ってるように思えた。いや、実際そうだったのだ。
妻はジョセフィーヌを信用しなかったし、信用したいとも思っていなかった。
ジョセフィーヌはとても敏感でやがて自分がベランダに入ってはいけないのだと理解するまでになった。
またジョセフィーヌがいなくなった。失踪を悲しんでいるとそこへジョセフィーヌが現れた。
銃を持った黒人をしたがえて。狩人は言った。
「空き地でこのイノシシを見つけたんだ。狙いをつけるとこいつは近づいてきて、おれの足に体をこすりつけやがった!
信じられないイノシシだよ。それえからがまた驚きだ。こいつが速足で走り出すから後をつけると、
ここに着いたってわけさ!ということはこれはあんたのかね?おれが機転のきく狩人だったからよかったんだぜ」
ジョセフィーヌは、その後教会にまでやってきてまさにイノシシのように荒々しくふるまい大騒動を起こすが、
次第に「教会での正しいふるまいかた」を身につけるようになる。

この動物の心に何度も感嘆した博士はこう記している。
「ジョセフィーヌよ、おまえの知恵の深さをどうやって讃えたらいいのだろう!
おまえは夜にはブヨを避けるために、青少年用の宿舎に入り、いちばんよい蚊帳の下で寝ることを覚えた。
それから、スナノミが足に繁殖して歩けなくなったとき、おまえは病院までよろよろ歩いてきて
おとなしく仰向けになり、ナイフが足に刺さるのも我慢した。
ヨードチンキによる燃えるような痛みが傷に広がるのもこらえた。
そして手術が終わってスナノミが完全に駆除されたとき、おまえは鼻をならして、心から感謝の気持ちを表したのだ。

その後ノーベル平和賞をとったアルベルト・シュヴァイツァーは動物に対してこのように述べている。
「われわれは、心の内なる慈愛の声を、決して沈黙させてはならない。
 人間を本当に人間たらしめるのは、生きとし生けるすべてのものに対する慈悲の心である。」
「生命の尊重に基づかない宗教は、真の宗教ではない。哀れみの輪をすべての生き物に広げるまで、
 人間がほんとうの安らぎを見つけることはできないだろう。」

タンパク質の必要性と骨粗鬆症の関係(「エコロジカルダイエット」より
一日に必要なタンパク質の量については、研究者によって多少の違いはあるにせよ、
ある一定の範囲内に収まることがわかった。その範囲は一日に摂取する総カロリーの最低2.5%から
最高8%までのあいだである。ただし8%の上限は「できればとったほうがよい」量である。

あのアーノルド・シュワルツェネッガーも著書の中でこう書いている。
「・・・人々はボディービルを始めると極端にはしる傾向があり、
50%から70%ものタンパク質を含む食事をとるようになる・・・
こんなことは全く必要ないことだと私は思う・・・私が考える食事のタンパク質の割合は、
体重1キロあたり、タンパク質約1グラムである。」

かりにあなたがブロッコリーだけを食べるとしても、ことタンパク質に関してはシュワルツェネッガーが
勧めている必要量の四倍いじょうもとることができるのである。骨粗鬆症の原因はいろいろあるのだが、
その最も重要なものは、タンパク質(特に動物性)のとり過ぎにあることがわかっている。
牛乳をいくら飲んでも骨は強くならないのです。
「血中のカルシウムは、心臓をはじめとするさまざまな組織の筋肉収縮のコントロール、血液凝固、
神経インパルスの伝達といった命に関わるようなきわめて重要な仕事をしている。
なんらかの理由で血中にカルシウムを補給する必要が生じた場合、骨はカルシウムを預かる
「銀行」と同じような働きをし、一連の生化学反応が起こって「小切手」によってカルシウムが銀行から引き出される。
体が骨からカルシウムを引き出し、血液にカルシウムを補給するのである。
体にとっては血液に必要なカルシウムのほうが、骨に必要なカルシウムよりもずっと重要なのである。
このようにタンパク質のとり過ぎと骨吸収は完全な相関関係にある。

世界の骨粗鬆症

世界各地で見られる骨粗鬆症も、タンパク質の過剰摂取と直接関係がある。
どの民族の場合でもタンパク質の摂取が多いほど骨粗鬆は多く見られ、症状もよりひどくなっている。
事実世界の健康統計によると、骨粗鬆症は大量に乳製品を消費している国・・・・
アメリカ、フィンランド、スウェーデン、イギリスなど・・・で最もよく見られる。
どの研究においても、肉と乳製品の摂取が多ければ多いほど、骨吸収と骨粗鬆症の起きる割合が高くなる。
また当然ながらベジタリアンの骨は肉食者の骨よりも強い。
肉、卵、乳製品、魚などの動物性タンパク質をとらないからである。

肉・卵・魚が骨にカルシウムを取りこむ邪魔をするもうひとつの理由
血液を中性(弱アルカリ性)に保つことは、体にとって何よりも大事なことである。
血液が酸性になり過ぎると人間は死んでしまう。このため、血液を酸性にする食品をたくさん食べると、
体は知恵を働かせてアルカリ性のミネラルであるカルシウムを骨から抜き取り、それを使って血液を中和する。
肉・卵・魚は血液を酸性にする力のもっとも強い食品でありこうした食品を食べると
血液を中和する必要が生じ、骨からカルシウムがどんどん引き出されることになる。

体がカルシウムをどれだけ吸収し利用できるかは食事に含まれる燐の量次第でもある!
もうひとつ重要なのは、単なるカルシウムの摂取量なのではなく、
摂取する燐とカルシウムの割合であることが分かっている。
燐に対してカルシウムが少なければ骨からカルシウムが失われ、それだけ骨粗鬆症が進行する。
反対に燐に対してカルシウムが多ければ多いだけ骨の損失は少なく、骨は強くなる。
もちろんその場合も、タンパク質の摂取を過剰にしなければの話である。
燐に対するカルシウムの量が低いために、食べてもカルシウムの補給とはならないワースト食品を
悪い順に並べると、レバー、鶏肉、牛肉、豚肉、魚となる。
野菜や果物の場合は燐に対するカルシウムの量が高いので、
これらの食品とは全く対照的にカルシウムをたくさん体に補給してくれる。
たとえば、レタスに含まれているカルシウムはそれほど多いわけではないが、体に利用されやすい。
レタスの場合、燐に対するカルシウムの割合はレバーの70倍、牛肉や豚肉の23倍もあるからだ。
最も良い食品は緑色の葉野菜となる。
今では最も保守的な医学研究者でさえも、タンパク質のとり過ぎと骨粗鬆症との関係を否定しない。
有識者のある二人の博士は米紙上で米国厚生省とハーバード大学がスポンサーとはった研究についてコメントし、
肉食中心の食事と増え続ける骨粗鬆症とは「切っても切れぬ」関係にある、と言っている。

腎臓結石もタンパク質のとり過ぎから起こる
(乳癌、前立腺癌、膵臓癌、結腸癌も強い相関関係)
タンパク質のとり過ぎによって骨から失われたカルシウムは、血流のなかで目的を果たしたのち
どこかへ行かなければならない。
摂取はしたもののカルシウムに対する燐の割合が高いために吸収できなかったカルシウムも同じである。
こうしたカルシウムはすべて、結局は尿のなかにとけ込むがそのさい腎臓のなかに大量のカルシウムが集まって、
結晶化し腎臓結石となることがきわめて多い。
これが、急病のなかでもっとも痛みの激しい腎臓結石が、ベジタリアンよりも肉食者にずっと多い理由だ。
さらに、タンパク質のとり過ぎが腎臓組織を破壊し、腎機能の低下を促進することを証拠もたくさんある。
余分なタンパク質を取り除くために腎臓が過重な負担を強いられるのだ。多くの動物実験で食事中のタンパク質が多いほど、
腎臓肥大や腎炎が発生しやすくなり、また症状も重くなることが多い、とう結果が出ている。

飢餓について
地球上では毎日数万人の子供が餓死しているという。
飢餓のほんとうの原因は食料不足ではなく”正義不足”なのだ。
アメリカの食肉用家畜の飼育に一日に浪費されている穀物でパンを作ると実に、
地球上のすべての人間にパンのかたまりを二つずつ配ることができるのである。
飢餓はまさに非効率的で無駄だらけの不正な食糧管理が生み出す、社会の病気である。
また、世界中の牛(ブタ、ニワトリを入れずに牛だけ)が消費する食料だけでも、
87億人が必要とするカロリーを供給することができる。87億人といえば地球上の全人口のほぼ二倍である。
今世紀ガンジーは私たちに「自ら欲を捨て、質素に生きれば、他もそれにならう」と訴えた。
しかしそのメッセージも新しいものではない。
二千年以上も昔、ソクラテスというもう一人の賢人がほとんど同じことを言った。
プラトンの著書「国家」のなかで、ソクラテスはベジタリアンに訪れる平和と幸福をほめたたえている。

健康な心は健康な肉体から サティアサイババ著書より

人間の病気の主な原因は、考え過ぎ、心配のし過ぎ、それに勉強のし過ぎです。
中には四六時中勉強に熱中していて、それがもとで健康を害する学生もいます。何事にも限度があります。
ギリシャの哲人アリストテレスは、人間の消化の仕組みについて徹底的に調べ研究しました。
あまり考え過ぎたために彼の健康は悪化し、最終的には消化不全で命を落としてしまいました。
絶えず心臓病の研究をしていたために心臓の専門医であったヘリン博士は心臓を患って、とうとう死んでしまいました。
いかなる領域におけるものであれ、過度の活動は健康によくありません。
肉体の限界を心に留めて、それに従って行動することです。

肉体は正しい行いをするために人間に贈られたのです。
ですから、神聖な行いをすることによって、肉体は神聖化されなければなりません。
そのためには、健康はどうしても欠くことができません。健康という基盤の上に、人間の一生が築かれます。
健康より偉大な富はありません。
「ヘルス」という言葉は、アングロサクソン系の「神聖で純粋なもの」を意味する「Heiling」という言葉から来ています。
肉体は幾つかの異なった部分から成っています。ですから、すべての部分が神聖な目的に使われるときにのみ、
私達は健康と幸福を得ることができるのです。健康な心を持つためには、健康な肉体が必要です。

病気は主に心理的動揺から起こります。これらは、妄想や幻想以外の何ものでもありません。
昔は病気の数は多くありませんでした。ところが今日、病気が蔓延しています。
これはいったいどのような理由によるのでしょう?自分が病気にかかるかもしれないという恐怖心です。
病気の80%は心理的なものです。不安な気持ちで脈を測れば、異常な数値が出るでしょう。
健康を心配し過ぎてはなりません。
平和な気持ちであなたの義務を果たしなさい。そうすれば、すべてがうまく行くのです。

「屠殺場」を見学した友人の体験談

今私達は大量生産、大量消費、そして大量の廃棄物といったプロセスの中で食生活を送っています。
特に食肉の分野では大量の食肉が生産、加工され大量の家畜の命が平然と時計が時を刻んでいくように絶たれています。
その場所は緑豊かで閑静なロケーションの中「屠殺場」とは言わず、「食肉センター」として
世間の目の届かない場所で誰にも知られず、こっそり操業されていました。

ここでは一日あたり、牛は40〜50頭、豚は約700頭処理されており各地域のスーパーへ食肉として出荷されています。
トラックで運ばれてきた牛や豚は広いサークルの中へ下ろされ、そこから順次だんだん
小さなサークルへ集められます。そこではストレスを感じさせないためシャワーを浴びさせます。
そして最後の細い道へ一頭一頭棒を使い、追い込んでいきます。その道は電気室に至る死の道なのです。
そして屠殺された牛や豚は作業員によって素早くリフトのフックに吊され、次に長いナイフで喉を裂き切られ、
血を抜かれ、そして解体され、洗浄され内蔵と分けられ胴体(枝肉)が出来上がります。
枝肉は24時間冷蔵された後、競り市に掛けられ、出荷準備のため再び冷蔵されます。
次に枝肉は電動ノコギリで各部位に切り分けられ、骨から肉を削ぎ落とし肉の塊として
パックされ梱包の後、各スーパーに出荷されていきます。

        
以上のような屠畜解体作業がセミオートメーション化された食肉センターで人間としての
意識(殺すという行為の感情)がまったく伴わない状態で非情にスピーディかつスムーズに行われていました。

施設に入ったとたん、サークルから聞こえてくる牛や豚の泣き声、身を清めるためのシャワーの音、
死刑台に至る、細い通路の追い込まれる時の悲痛な叫び。
血の海から、そして内臓などから出る、生臭い耐え難い異臭。リフトから出るキシミ音、
それらの感覚が私の五感を通じ動物達に
「もう、殺さないで!もう、食べないでくれ!」と大声で切々と訴えかけさせているように聞こえました。
私達は非道徳な殺生行為を21世紀には止めなければなりません。
私達は動物も我々人間と同じように哀れんでこれらを殺してはならない、ということを知っているはずなのです。


肉食について考える

牛や鶏肉に病原菌が発生し大きく報道されることがしばしばあります。
また、先々を予測したときもっと他の病原菌も新たに増えてくるような気がします。
そして生活習慣病のため肉食を禁じられる人々も、もっと多くなることでしょう。
宗教上の理由で食べない人が今は多いが、今後は食べたくても、食べられなくなるのではないでしょうか?
そんな未来を見越してか、菜食のものや添加物を含まない食品を提供するところが増えてきました。
個人の考え方の問題なので自由ではありますがひとつ言えるのは
「動物は人に食べられるために生まれてきた」という定義はどこにもなくあるとすれば人間が勝手に決めただけである。
太古の原住民や今も昔と変わらないその土地のものをとって食料にしている人々は例外だ。
豚がペットとして流行ったことがあり、テレビで飼っている女性がでて言っていた。
「最近は豚肉を食べれなくなりました」と。

肉食を禁ずることは霊的な理由があるとともに健康上の理由もあります。
肉食による健康への害は多大で、医学統計によれば肉食者の寿命は菜食者よりもはるかに短いことが示されています。
ブッダは経典の中で、「太古の昔においては人々の死亡原因はたった3つであった」と述べています。
その3つとは食料の欠乏、飲み水の不足、そして老衰です。
しかし人が最初に動物を食料として食べたとき、人を死に追いやった病気の数は98にものぼったそうです。

医学は次のように説明しています。
菜食は消化が良く、広範囲の栄養素を含み、身体にかける負担が少ない。
菜食主義者は社会を悩ませる大きな病気にかかることが少ないので、結果として長生きし、健康でより生産的な生活が送れます。
また菜食主義者は身体の不調が少ないため、医者にかかることも少なく、歯の問題も少なく、従って医療費も少なくて済みます。
菜食する者の最も気がかりなことは、成長に欠かせないタンパク質が得られないのでなないかという点です。
しかし、栄養学の調査によってこの恐れは一掃されました。いろいろな野菜を摂ることによって、私達の身体にタンパク質を
形成すつのに必要な、すべての原子が揃うことを説明するに十分な科学的立証がなされたそうです。


動物が屠殺されるとき、彼らが被る暴力的な苦痛のエネルギーは体の隅々まで染み渡り、
肉の急激な腐敗を引き起こします。
これを食した人は様々な腸の病気を被ることになります。

腐った肉はまたバクテリアの成長に適した環境となり、それは食物を毒化し、死に至らしめる原因になることもあります。
この腐敗の進行を遅らせるためや、肉の色を新鮮に見せるためや、腐った肉の臭いを消すために食肉業者は色々な薬を投与します。
そういった薬は、酸素を運搬するヘモグロビンの能力を衰えさせ、貧血病患者を害することもあります。
子供に対する害としては、妊婦のお腹の子供に異常をきたす原因にもなります。

多分ガンは、高頻度の肉食に最も関連した病気です。
また肉はコレステロール値を上げ、心臓病や高血圧を誘発する原因となります。

生きとし生けるものの仕組みは生ある限り老廃物を生み出し、それらは腎臓によって除去されます。
しかし、動物が死ねば排泄機能は停止し、老廃物は体中に浸透し始めます。

尿酸はそういったときに出る物質の一つで、痛風、関節炎、頭痛、てんかん等を引き起こします。
そういった状況が進めば、精神不安定や心配性、攻撃的な性質なども生じます。また尿酸腐敗は体臭の原因にもなります。
動物性タンパク質の摂取量が増えれば、腎臓からのカルシウム分泌が増加します。
このカルシウムは骨から抜き取られ、骨粗鬆症を引き起こす原因となります。
さらに、この骨粗鬆症という状態は骨折や過度のカルシウムの分泌を招き、腎臓結石の形成原因となることもあります。

いくつかの牧場では動物にホルモン剤を投与して体重を急速に増やす成長促進業者がいます。
そのホルモン剤がガンや無精子病の原因になると言われています。

また、家畜の飼育者は動物の病気が表面化する前に急いでその動物を屠殺場に送り込み、それを殺します。
その結果、豚コレラ、ひづめと口の病気、はたまた狂牛病等に感染した肉を人間が食べてしまうということも広く知られていることです。

最後に、肉食に反対する最も注目すべき論点は、人の身体は解剖学上も生理学上も、肉食性の食事に適合していない、ということです。
私達は長い消化器官を持っています。そのため、肉は排泄される前に吸収してはならない毒素が許容限度を超えて
消化器官内に長時間残ることになります。

私達は獲物を捕まえ殺すための長く鋭利な歯や爪を持ち合わせておりません。
私達は骨を溶かすのに十分な胃酸を、食肉獣のようには分泌しません。

仏教ではすべての生あるものはこの世の中で数え切れないほど生まれ変わり、そのどこかで母であり、父であり、ごく親しい関係
にあったと教えています。「殺生するべからず」という仏教の最初の教えの合理を理解しなければなりません。
もし、この罪のない動物に対して野蛮な殺戮を繰り返すならば、私達はいつの日か血と涙の海で支払わなければならない
私達の過去生からのカルマという重い荷物に、さらに重い荷物を積み重ねることになるでしょう。

「あなたの味覚を満足させるために、あなたの身体を無惨に殺された動物の埋葬地にしてはいけません」

肉食 パートU
確かに肉によって身体はタンパク質を摂取することはできますが精神的なタンパク質はそこにはありません。
自己探求の道に熱心であるならば肉食は価値のないことです。
しかし世俗的生活に熱心であるならばそれは構いません。
誰かが犬を叩くと犬が悲鳴を上げることがあります。犬が大きな苦痛を感じるからです。
それでは殺されるときの苦痛はどれほど大きいでしょうか!
動物もそれぞれの生涯をこの世で全うするために生まれたのです。
人間が死ぬとキツネやその他の動物が死骸を食べるかもしれませんが、
私たちは人間を食べる動物たちに食料を与えるやめに生まれてきたのではありません。
私たちが生まれたのはそのような目的のためではないのです。
同様に、人間は動物を食べますが動物たちは人間の食料になるために生まれたのではありません。
しかし人間は習慣的に動物を食べるようになってしまったのです。

セヴァ  (奉仕のこと)

アルベルト・シュバイツァーのこと
アルベルト・シュバイツァーがまだ学校に行き始める前のこと。
夕べの祈りで誰もが人間のためだけ祈る理由が私は分からなかった。
そこで母がいっしょにお祈りしてくれておやすみのキスをしてくれたとき私は自分で作ったお祈りの言葉を唱えた。
「息をするすべてのものを守り祝福してください。彼らをすべての悪より守り安らかに眠らせてください」
すべての生物のために作った祈りを誰にも聞こえないように唱えたんだ。
あるとき30歳までは学問と芸術に生き、その後は人類への直接的な奉仕に生きよう、と決心した。
その誓い通り彼は30歳で医学の勉強を始め6年後医師となってアフリカへ渡った。
シュバイツァーの心は白人と黒人の間に差別をもうけなかった。自分と他人、そしてあらゆる生命の間に感じなかった。
この世界に息づく存在を一つであると感じた彼は冒頭のような祈りを夜ごと唱えこの祈りが偉人の心を育んでいった。

マザーテレサの言葉から
どの人もかけがえのない存在
「貧しい人たちの嘆きに耳を傾けるとき、好ましくないと考えられる人々、愛されてない人々に対して
 特に注意を払わなくてはなりません。今日の最も重い病気はレプラでも結核でもなく、
 人から愛されてない誰からも見捨てられていると感じることなのです。最大の罪は愛と憐れみを持たないことです。
 搾取されたり堕落したり、赤貧の中にいたり病気で困っていたりする隣人を目にしながらおそるべき無関心でいることです。」
「傷ついた人たち、好ましからざる人たち、この愛されない人たち社会に溶け込まない人たちの
 求めるものを見つけるのはなま易しいことではありません。なぜなら傷ついた人たちというのは容易に心のうちを見せないか、
 あるいは反抗、乱暴、不信といったマスクをかぶらなければ本当のことを言わないといった人たちなのですから」
何を捧げたか
ある時ひとりのオーストラリア人が莫大な寄付をしにやってきました。寄付をしてから彼は言ったものです。
「これは私の外からのものです。今度は私自身の中から寄付したいと思います」
それ以来彼は「死を待つ人々」に定期的にやって来て病人の頭や髭を剃ったり、話し相手になったりしています。
彼はお金だけでなく自分の時間も寄付しているのです。
お金や時間を自分のために使うこともできたのに自分を彼らのために使うことをむしろ望んだのでした。
「人目を引くことをやろうとしてはなりません。大切なのはあなた自身を与えることです。
 あなたの為すことひとつひとつにあなたがどのくらい愛情を込めるかということなのです」
「死にのぞんだ時、私たちは成し遂げた仕事の量によって評価されるのではなく
 その仕事の中にどのくらい愛を入れたかによってはかられるでしょう。
 そしてその愛は自己犠牲から出るもので痛みを覚えるほどのものでなければなりません」

奉仕のむずかしさ
奉仕をすることによって本当の奉仕とは何かを知ることができます。
動機の純粋性がうきぼりにされるでしょうし、本当の自分を見つけたりもするでしょう。
マザーの本の中にある文章にそれを言ってるものがあります。

「思いやりはそれと認められなければならないものではありません。
 本当の思いやりは失敗にも、争いにも、忘恩にも耐え、時の流れにも、不実にも、
 失跡にも負けないものでなければなりません。奉仕することは誠意を尽くすことです。
 倒れる人々の無実だけでなく、その無知をも認めることです。裁くよりむしろ支えとなることです。
 つれなくしたり、意地悪したり、しようという気持ちに決して負けたりしてはなりません。
 相手から受けた親切に返礼する術ももたない人々、
 感謝を表すことを知らない人々の許に向かうことです。
 口が悪く、乱暴な人たち、他人から眼差しも微笑みも受けとれない人たちの方へ行くことなのです。」


奉仕をするとき、きっと喜んでくれるだろう、食べてくれるだろう、返事が返ってくるだろう、とか思わないことです。
奉仕した瞬間その行為を忘れなければなりません。一切の行為は捧げたら終わりにするのです。
そうしないと人間というものは「私はこういうことをした」という自分に執着してしまいます。
純粋性を失ってしまうのです。不思議と奉仕を始めると自分のエゴがどんどん出てきます。
そこから自己を見つめ、悩み、考えることから本質が向上する、それが奉仕の報酬かもしれません。
奉仕については議論をふっかけられますが一度でも経験してからでないと同じテーブルにはつけないと思います。
知らないことをどうして話し合えるのでしょうか?現場にすべてがあるのです。

杉良太郎の福祉活動は本物

数十年に渡り、福祉活動に力を入れている杉良太郎を知っている人はどの位いるだろうか。
「いいってことよ」という本を読み、杉さんの活動をいろんな人に知ってもらいたいと思いました。

本の中で「私はこのように福祉をやってます」ということ自体、不本意だと書いてありました。
あえて、書いたのは思いやりや愛を忘れかけている日本人にそれらを想い出してほしいからではないでしょうか。
私も奉仕はなるべく人知れず行うものだという考えを持っています。
ババ様の言葉で「右手のやっていることが左手に分からないようにしなさい」というものがあります。
黙って、たんたんと、愛を持って奉仕は行われるのが本来、望ましいのです。

日本人はとかく福祉への参加がへたなことと、小さな頃から習慣として根付いてないことがいえる。
できれば「いいってことよ」を読んでもらいたいけど、まずは杉さんのことを紹介したいと思う。

マザー・テレサの母親もそうだったように、杉さんの母親も慈悲深い人だった。
信仰心が厚く、いつも仏壇に手を合わせ、自分のことではなく、子供たちのことを祈ってたという。
幼い頃から「人には親切、慈悲、情け」を口癖にし、自分の家も困窮しているのになけなしの米をあげてしまうこともあった。
そういう母の胎内で育ち、そういう母を見て大きくなった人間は少なからず影響を受けるに違いない。
私の母も困った人を放っておけない人情深いところがある。
子供の頃、こんじきの子に自分の着てるものを全部あげて裸同然で帰ってきたことがあると言っていた。

外国で公演をするときはまず最初に日本人墓地を訪れるそうだ。サンパウロやロドリーナの納骨堂、シンガポール。
ベトナムの墓地は土まんじゅう状態で水牛が入ってフンをし、けちらかしていたので既に平地のようになっていたという。
国籍不明になってしまった墓もあって、それはひどい状態だったそうだ。

その後、杉さんは周囲に塀をめぐらし、管理人を常駐させ日本の旗を立ててきました。
そしていろいろな運動を重ね、そこの墓を引き揚げることが決定し、身元が判明したものもあったそうです。
ベトナムはフランスが統治してた時代があるが、フランス人墓地はどこにもないそうです。
早い時期、フランス政府は全部自国に引き揚げていたのでした。日本政府との大きな違いです。

また、タイのバンコクには寺の一隅を借りた小さな納骨堂があって日本人会の方々と訪れたときのこと。
驚いたのは骨がお茶や海苔の缶に入っていたことだったそうです。果ては粗末な紙袋に入ったものも。
日本は骨壺を買うお金も出さないのだった。あまりにも日本人として恥ずかしかった杉さんは骨壺を買って置いてきた。
そして日本人会のメンバーとケンカをしたといいます。
「同じ日本人として、骨壺ぐらい買ってやれ」と。

私はまだ海外へは3回しか行ったことがないけど、日本人墓地のことなど考えたことがありませんでした。
私たちの知らない時代に、海外で苦労した日本人がいたことを杉さんは想い出させてくれました。
この次機会があったらきっと訪ねて手を合わせてきたいと深く心に思いました・・。

ハンセン病患者を目の前にして

十二、三年前ハノイを訪れたとき彼は、子供が街路樹にもたれかかって、うなり声を上げているのを見た。
助けようとしてその子の手を掴もうとしたら、ベトナムの文化省の人がドーンと突き飛ばした。
「触ってはいけない、感染するから」と言われ、早く立ち去るように促されたそうだ。
気がつけば、そういう人たちがあちらこちらに倒れていたり、うずくまっていたりしているのだった。

そのとき杉さんは何もしてやれなかったことが、ずっと頭の中にこびりついていたという。
その二、三年後再びハノイを訪れたとき、すごいスコールが突然やってきた。
道がみるみる川のようになっていく中でまた倒れて、溺れそうになっているハンセン病の人に会った。
杉さんが近づくとやはり回りの人が触らせないようにする。しかし今度は立ち去らなかった。
スタッフに傘を買いに行かせ、その人の襟元にお金を忍ばせ、
「このお金、盗られないようにするんだよ」そしてその場を立ち去った。それしかできなかったという。

ホテルの部屋に戻った杉さんは自問自答を繰り返した。
「何で自分の背広を脱いでかけてやらなかったのか」
「自分の上着より傘の方が安いと損得勘定が働いたんじゃないのか」
「おまえは福祉を本当にやっているのか」


日本に戻った杉さんはまず、日本のハンセン病の施設を探すことを始めたのでした。
熊本の菊池にある国立療養所を慰問しカラオケを歌い、いろんな話をした。

「この次、ここに来るときは遠山の金さんをここでやるよ」と約束をした杉さん。

またベトナムに行って、今度はハンセン病の病院に行きました。
ハンセン病の病室は動物園の檻のように感じ、三面コンクリートで出入り口は鉄格子だったという。
気がつくと同行のカメラマン含めた二十人くらいのスタッフは中に入って来ず、杉さんと通訳だけだった。
皆は恐ろしくなって逃げてしまったのだった。いくら呼んでも「そんな命懸けなことはいやだ」と言う。

杉さんは「こうなったらうつったら、うつったでいい。それも僕の運命だ。甘んじて受けるよ、だから怖くないよ」
と、鉄格子の中に入っていった。階段でつまずいただけだって、死ぬときは死ぬんだから・・・と。
それより、今度だけは後悔したくないと思っていたのだ。
「あんた、正気か、そんなものにつきあいきれない」という声が聞こえたりした。

そして杉さんはハンセン病患者に約束した。
「いいワクチンが日本にはあるんだ。それがあれば進行が止まる、必ず日本に戻ったら送るから、それまで待ってなさい」
その人にやはり触れることはできなかったけれど、彼は目に涙をためてこう言ったそうだ。
「ここまで入ってきてくれたのは、あんたが初めてだ」と。
その後、各方面の協力も得て、ベトナムにワクチンを送ったそうです。

話は日本の療養所に戻る。
口約束の「遠山の金さん」の舞台をやりに五年ぶりに訪れた杉さんは病棟に行って声をかけた。

「杉良太郎だよ。五年前に来たの覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。何曲も唄ってくれたよね」
「あのとき約束した遠山の金さん、今日やるよ」
「杉さん、あんな口約束、誰も信じちゃいなかったよ。あんた口約束守る人だったんだね」

芝居が終わっても拍手はなりやまなかった。ハンセン病で手の不自由な人が多いから足を踏みならす。
どすんどすんという音や体をぶつけあう音が混ざった拍手だった。
親や兄弟からも縁を切られて哀しい思いをしている患者が実に多い。
杉さんの真実の気持ち、行動に皆が感動し、芝居を観てたくさんの人が嗚咽をもらした。
ただのすすり泣きではない。慟哭の涙を流しているのだった。



サイババの病院
2001年1月20日土曜日、
インドのヴァジパイ首相はバンガロールに新設されたサイババの新病院の開院式を行いました。


ヴァジパイ首相は
「インドの病院の病床数は千人あたりわずか五床にすぎず、病人及び貧困者に
大変な困難と苦労をもたらしている。また、医者は患者千人に対しわずか六人であり、
毎年七十万人の子供達が十分な医療施設がないため命を失っている。
妊婦と授乳期の子供を持つ母親の半数以上が、貧血症状にあり新生児の約三割が標準体重に達していない。
低い医療保障のため苦しい家計の中から最多の出費を医療費に充てることが余儀なくされている。
医療費の高騰のより国民はしばしば薬よりも、むしろ祈りに頼るしかない。」と延べ、
この新病院が医療施設であるのみならず、祈りと祝福の場となることを願いました。


新しい病院は世界のあらゆる地域のもっとも貧しい人々がそれを受けるべく、
最高水準の医療と外科手術を無料で行っています!
治療のおける優先順位は貧しい人々、そして子供、若者、一家の稼ぎ手となってます。

そうすることで、社会を苦しめている病気の蔓延による負担を減らすことができるのです。

新病院には三百三十三の病床が設置され、うち百二十床は集中治療室用です。
病院の延床面積は約三万三千平方メートルに及んでいます。施設全体の敷地面積は約二十万平方メートルあり、
これは政府から寄贈されました。
総工費と設備費に要した六十億円は世界中のサイババの帰依者からの志によってまかなわれました。
病院には十二の手術室が設けられ、一日約二十例の手術は行えあれる予定です。
開院後四週間に行われた手術は九百例、一日に病院を訪れる外来患者は千名におよんでいます。


ホームレスの人たちの素顔

日本のホームレス問題はあきらかに不況にともなう失業の増大に関係していた。
近頃(2006末)は全体の景気が上向いたと言われている。確かに平均したらそうだろう。
しかし、明暗くっきりで格差はますます大きくなっているのが現状です。
そして依然としてホームレスを「怠け者」あるいは「好きでやっている」とみている市民も少なくない。
野宿生活者はどのような人々なのだろうか。どのような過程を経てそうなったのだろうか。
実体を知らないで、彼らを批判する人々についてはどうかと思います。

私は身近に彼らと接することが多いのですが、好きでホームレスをやってる人はまずいない。
誰だって暖かい布団で寝たいし、お風呂に入りたい。仕事もしたいし、家族と暮らしたいに決まってる。
彼らがどんな道をたどってきたのかすべてを知ることはできない。

しかし、不自由なく暮らしている私たちの想像を超える、困難、哀しみ、苦しみ、葛藤があったことは確かであろう。
同じ経験をしてない者が安易に批判してはならないと思います。

世の中には頭のいい人、あまりそうでない人、ポジティブな人、ネガティブな人、いろいろいます。
そして、それらの差は能力の結果としてどうしても出てきてしまいます。
先回りして頭を働かせ困難に陥る前に予防策を取れる人はセーフです。
でも考えが至らなかったり、気が付かなかったりとうまく生きれない人たちがいるのです。
がんばりかたが分からない人もいます。

そういう人の気持ちも少し理解してあげれたら、知恵も分けてあげれたら、と私は考えます。
現実に、勝ち組と負け組なんていう言葉が最近はよく飛びかっていますね。
負けた人はどうでも、どうなってもいいんでしょうか。

自分と家族だけが幸せならいいなどと私はどうにも思えません。


懸命に働いている野宿者
(大阪市調査による資料より)

2000年、2月17日「読売」「毎日」「朝日」の各紙は、それぞれ
「野宿 過酷さ浮き彫り」 「野宿者8割が就労」 「野宿生活者 深夜に仕事 月収3万円程度」
という見出しのもと、大阪市立大学により実施された聞き取り調査の結果を報道した。

調査をした森田洋司教授は
ほとんどの人が懸命に働いているのに、一般市民の見方はまだ異なり、これが差別や偏見を生む
行政は実態を知らせて市民の理解を求めるべきだ」と述べている。調査結果の示す野宿生活者の実像は
「怠け者」「好きでやっている」というような世間のつよいイメージを、明確に否定することになった。

調査対象となった672人(大阪)の平均年齢は55.8歳と50歳代を中心とする中高年層が大部分をしめている。
野宿期間は8割近くが八ヶ月以上の野宿を余儀なくされている。
672人のうち何らかの「仕事をしている」者は8割に及び、
そのうち「廃品回収」(アルミ缶、粗大ゴミ、銅線、雑誌、ダンボールなど)に従事している者は87%、
「日雇い」に従事している者は9%と少ない。「廃品回収」に従事している468人のうち7割は「二十日以上」も就労している。
しかしながら、無回答を除いた464人の6割は、一ヶ月の収入が三万円未満というきわめて低い水準にある。

多くの人は「夜間」や「早朝」に仕事をしている。これは調査期間が真夏であったという事情と、
廃品回収に従事する野宿生活者の増加で、限られた資源をめぐって「競争」が激しくなっていることによる。
仕事に内容そのものがかなりハードなものであり、さらに野宿者の多くが50歳以上の中高年齢層であることをも
考慮にいれるならば、彼らの多くが時間的にも肉体的にもほぼ限界にちかい状況で働いている、という現実が浮かび上がってくる。
「大阪市調査」からはそうした「現実」がひしひしと伝わってくるのではないだろうか。

年間通じて古着・新品など集めてます!特に冬の防寒着!
年間通じて衣類・生活用品の寄付、ご協力を募ってます。
毎年というか、一年を通じてご協力をいただいているお客様には心からお礼申し上げます。
私と私の友人達で行っている静岡市内のホームレスの方々、生活に困窮されてる方々へのご奉仕の話しですが。
静岡は暖かいので比較的恵まれていますが、冬はやっぱり外で過ごすの、こたえますよ。
冬物を出したり、買い換える時期、捨てるまえにちょっと待って、まだ使えるでしょ?という物がありませんか?

月に1回、お弁当を作り、洋服類、生活用品(石鹸・ひげ剃り・ティッシュなど)といっしょに持っていきます。
毎月、増える一方で、仕事がなく、日雇いの仕事に行ったらイジメにあうしと、悩みをいっぱい聞くこともあります。

まあ、何故ホームレスをしているのかという論争は必要ないわけで、冬はまず寒さをしのげるようにしてあげたいし、
裸足で指が飛び出た運動靴を新しいものに、三日食べてない人にできればお弁当を・・・と。
このようなことを純粋に、理解していただける方は是非、ご奉仕願いたいと思います。

また、最近は100円ショップやユニクロといった安価な商品もあり、行ったついでにちょっとご奉仕の品を数品買うとか。
私はいつも靴の流通センターで運動靴を、100円ショップでトランクス、靴下、タオル石鹸など。
ユニクロでは1000円のジーンズ、スウェット上下、チノパン、セーターなど買い込んでます。
古着といっても、人に差しあげるわけだから、気遣いを忘れないようにしてます。

それと、お米がいっぱいあるよ!あげるよ!なーんていう人いたら最高ですが・・ホントにいたらよろしく!
世の中にホームレスを非難する人が多いことにビックリしている私ですが、それを私は決して非難しませんよ。
気持ちや価値観の問題であり、良い、悪いではないからです。
奉仕について反対意見の人と議論するつもりは、かけらもありません。
心に何も感じない、動かない人はそれでいいのです。
奉仕をしてるからエライ、という捉え方そのものも私にとってはナンセンスであります。

フラン・ジャパン て、知ってますか?
財団法人 日本フォスタープラン協会

<途上国の子供たちに焦点をあてた地域開発援助を行っている国際援助団体です>

19年位前、静岡新聞でこの制度を知った私はすぐに申し込んで、フォスターペアレントになった。
今は4人目でインドのブッデュ君という名前の男の子と交流している。
具体的にいうと毎月3,000円から援助金として送り、そのお金は現金では渡されず地域の開発や教育に使われたり、
その家族への援助として責任もって、計画的に役立てているとのことです。
今までこの話は、ほとんどしたことがありませんでした。
なぜ、ここで紹介することにしたかというと、近年日本経済低迷のため、ペアレントの数が減少しているとのこと。
新たなペアレントを募っているのを知り、お知らせしてみることにしました。
 

私自身、景気低迷のため送金が遅れて、催促されることが多いのですが何とか続いています。
3000円といっても収入が足りない時は、結構しんどいのです。そして続けることがまた、むずかしい。
でも苦しいから、苦しい人の気持ちがわかるんです、私なりに。だからね、できれば止めないでいようと思ってるの。
一所懸命、働いて作ったお金はできる範囲で世の中や人々のために使いたいと考えています。
経済事情はそれぞれですが、お金がある、ない関係なく出来ることはいっぱいあるのではないでしょうか。
私が止めれない理由がもう一つあります。それはチャイルドとの手紙での交流です。
たまに綺麗なシールなどを送るのですが、返事がくるのが待ち遠しくきっと向こうも待ってるんだろうなあと思うと・・ね。
働ける年齢になったら終了して又、新しいチャイルドを紹介してもらうのです。
共鳴できる方は是非、ペアレントになってください。